2008年02月03日
久々登場!
連載小説『東京迷宮〜もう誰も愛せない。君以外誰も…〜』
『邂逅の章』
第1回 白里(はくり)
『…白里…白里…』
暗く、冷たい空間が僕の目の前に広がっている。僕自身、その空間に立っているのか…横たわっているのか…それすらも分からない状態だ。気だるい、無重力の中にいるみたいだ。
『…白里…白里…』
その中で…はくり、と呼ぶ声が聞こえる。…女性の声。誰かを探しているみたいだ…はくり、というのは僕の名前なのか?
…何も分からない…思い出せない…自分の名前すらも…
『…白里…はく…』
声は次第に遠のいてゆく。そして、僕のいるこの空間も段々明るくなって…
「…う…うん…」
目を開けるとそこは…小さな部屋の中で、僕は布団に横たわっていた。
「…痛っ…」
起き上がろうとしたら、全身に激痛が走った。…よく見ると、僕の腕や足、体のいたる所に包帯が念入りに巻かれている。
「…一体何故…?…ここは?…僕は一体…」
色んな疑問が浮かんでは消え、現状を把握しようと必死になった。でも、体を動かすことさえままならない。
「…思い出せない…何も…」
しばらく、今置かれている状況を把握しようと、耳を澄ませた。
…雨の音が聞こえるから、外は雨…そして…部屋の一角にはテレビがあり、ニュースが流れている。
「…今日は…1月20日か」
けれども、今西暦何年なのかは分からない。…そういえば…僕は自分の歳すら思い出せない…
「…ん…?」
足音が近づいてくる。誰かがこっちに来るみたいだ。
やがて足音は止まり、すぐに僕のいる部屋のドアが開いた。誰か入って来る。…背の高い、女性だ。部屋に入って来るなり、彼女とすぐに目が合った。
彼女は少し驚いた様子だったが、柔らかい口調で僕に話しかけてきた。
「良かった…やっと目が覚めたんですね」
「…やっと?僕はどれくらい眠っていたんですか?何故こんなケガをしているんです?あなたは…?」
怒濤の様に言葉が溢れてくる。そんな僕を、彼女はいなす様にゆっくりと話した。
「落ち着いて下さい。まず、あなたは1週間程眠っていました。この家の近くの道路で事故を起こして…」
「…事故…?」
「ええ。あの日は大雨が降っていましたから、きっと路面が滑りやすくなっていたんでしょうね…」
彼女は順を追って話してくれた。
彼女の名前は如月奈月(きさらぎなつき)。ここ山梨県勝山村に住んでおり、今から1週間前の夜、この家に程近い道で僕の車がガードレールに激突していたのを発見したという。
「車体の損傷がかなりひどくて…運転席で気を失っていたあなたも凄いケガで、手当てしても中々目を覚まさないから…死んでしまったかと…目が覚めて良かった」
…僕はどこから来て、どこへ行こうとしていたんだろう。何も…思い出せない…
「でもあなた、免許証すら持っていないようなんだけど…名前は?」
…僕は…誰だ…?
「…白里…」
「え?」
「…白里。きっとこれが僕の名前…」
確証はない。が、さっき夢の中で呼んでいたこの名前が、僕の名なんだろう。直感的にそう思った。そう思うことにした。
「はくり?変わった名前ですね…それって名字なの?」
「実は…」
僕は、彼女に全て話した。事故当日のことも、それ以前の記憶も全くないことを。
「…全然覚えてないんですか?自分の誕生日…歳とかも?」
「…はい」
「そう…歳は私と同じ位、25・6に見えるけど。事故のショックによる記憶喪失みたいですね…」
彼女は話しながら、僕の腕の包帯を取り換えてくれた。とても慣れた手付きで、あっという間に右腕、左腕と付け替えが終わった。
「…ありがとう。包帯巻くの、凄く上手いですね」
「そう?一応昔、看護婦を目指してたことがあって、ちょっと実戦でもやったことがあるんですよ。それでかな」
彼女は少し照れくさそうに言った。その時の顔が、仕草が、誰かに似ている。どこかで会ったような、そんな感覚が頭を過った。
「…あの…如月さん、こんなこと聞くのは変かもしれませんが、以前僕と…会ったことありますか?」
「え?」
記憶喪失の人間ならではの、すっとんきょうな質問だ。彼女は笑って、
「残念だけど、初対面よ。さっき名前を聞いたばかりじゃない。…何故そう思うの?」
「…いやその…1週間前、君がケガを負った僕を見つけてくれたんなら、何でこの家に?警察に連絡して、病院に運んでもらえばそれまでなんじゃないかと…それをしなかったのは、面識があるからこそだから…なんて思って」
外から聞いてりゃ失礼な発言だ。だけど僕は純粋にそう思ったし、自分が何者なのかを早く思い出したい。だから色々なことを知りたかった。
彼女は嫌な顔一つせず、
「…この辺りは、急患に対応できるような病院がないの。事件や事故がほとんどない村だから…それに私は応急措置の経験もあるし、幸い、私の家の近くの事故だったから…というわけなの」
納得。だがそれによって彼女と僕の記憶の関連性は潰えた。
「そうだったんだ…」
君と、ご家族には迷惑をかけたね…と言うと、彼女はうつむき、
「…家族は…いないの。気にしないで。ケガが治るまで、ゆっくりしていっていいから。…夕食の準備をしてくるわ」
と言って、足早に部屋を出ていってしまった。
家族、と聞いた時、明らかに彼女の顔色が変わった。
「…一体どうしたんだろうか…?」
今はまだ、その理由を知り得ない。だが後にまさか、僕と彼女の間にあんな軋轢が生まれようとは…
-続く-
次回『邂逅の章 第2回-奈月-』は2月11日配信予定です?
『邂逅の章』
第1回 白里(はくり)
『…白里…白里…』
暗く、冷たい空間が僕の目の前に広がっている。僕自身、その空間に立っているのか…横たわっているのか…それすらも分からない状態だ。気だるい、無重力の中にいるみたいだ。
『…白里…白里…』
その中で…はくり、と呼ぶ声が聞こえる。…女性の声。誰かを探しているみたいだ…はくり、というのは僕の名前なのか?
…何も分からない…思い出せない…自分の名前すらも…
『…白里…はく…』
声は次第に遠のいてゆく。そして、僕のいるこの空間も段々明るくなって…
「…う…うん…」
目を開けるとそこは…小さな部屋の中で、僕は布団に横たわっていた。
「…痛っ…」
起き上がろうとしたら、全身に激痛が走った。…よく見ると、僕の腕や足、体のいたる所に包帯が念入りに巻かれている。
「…一体何故…?…ここは?…僕は一体…」
色んな疑問が浮かんでは消え、現状を把握しようと必死になった。でも、体を動かすことさえままならない。
「…思い出せない…何も…」
しばらく、今置かれている状況を把握しようと、耳を澄ませた。
…雨の音が聞こえるから、外は雨…そして…部屋の一角にはテレビがあり、ニュースが流れている。
「…今日は…1月20日か」
けれども、今西暦何年なのかは分からない。…そういえば…僕は自分の歳すら思い出せない…
「…ん…?」
足音が近づいてくる。誰かがこっちに来るみたいだ。
やがて足音は止まり、すぐに僕のいる部屋のドアが開いた。誰か入って来る。…背の高い、女性だ。部屋に入って来るなり、彼女とすぐに目が合った。
彼女は少し驚いた様子だったが、柔らかい口調で僕に話しかけてきた。
「良かった…やっと目が覚めたんですね」
「…やっと?僕はどれくらい眠っていたんですか?何故こんなケガをしているんです?あなたは…?」
怒濤の様に言葉が溢れてくる。そんな僕を、彼女はいなす様にゆっくりと話した。
「落ち着いて下さい。まず、あなたは1週間程眠っていました。この家の近くの道路で事故を起こして…」
「…事故…?」
「ええ。あの日は大雨が降っていましたから、きっと路面が滑りやすくなっていたんでしょうね…」
彼女は順を追って話してくれた。
彼女の名前は如月奈月(きさらぎなつき)。ここ山梨県勝山村に住んでおり、今から1週間前の夜、この家に程近い道で僕の車がガードレールに激突していたのを発見したという。
「車体の損傷がかなりひどくて…運転席で気を失っていたあなたも凄いケガで、手当てしても中々目を覚まさないから…死んでしまったかと…目が覚めて良かった」
…僕はどこから来て、どこへ行こうとしていたんだろう。何も…思い出せない…
「でもあなた、免許証すら持っていないようなんだけど…名前は?」
…僕は…誰だ…?
「…白里…」
「え?」
「…白里。きっとこれが僕の名前…」
確証はない。が、さっき夢の中で呼んでいたこの名前が、僕の名なんだろう。直感的にそう思った。そう思うことにした。
「はくり?変わった名前ですね…それって名字なの?」
「実は…」
僕は、彼女に全て話した。事故当日のことも、それ以前の記憶も全くないことを。
「…全然覚えてないんですか?自分の誕生日…歳とかも?」
「…はい」
「そう…歳は私と同じ位、25・6に見えるけど。事故のショックによる記憶喪失みたいですね…」
彼女は話しながら、僕の腕の包帯を取り換えてくれた。とても慣れた手付きで、あっという間に右腕、左腕と付け替えが終わった。
「…ありがとう。包帯巻くの、凄く上手いですね」
「そう?一応昔、看護婦を目指してたことがあって、ちょっと実戦でもやったことがあるんですよ。それでかな」
彼女は少し照れくさそうに言った。その時の顔が、仕草が、誰かに似ている。どこかで会ったような、そんな感覚が頭を過った。
「…あの…如月さん、こんなこと聞くのは変かもしれませんが、以前僕と…会ったことありますか?」
「え?」
記憶喪失の人間ならではの、すっとんきょうな質問だ。彼女は笑って、
「残念だけど、初対面よ。さっき名前を聞いたばかりじゃない。…何故そう思うの?」
「…いやその…1週間前、君がケガを負った僕を見つけてくれたんなら、何でこの家に?警察に連絡して、病院に運んでもらえばそれまでなんじゃないかと…それをしなかったのは、面識があるからこそだから…なんて思って」
外から聞いてりゃ失礼な発言だ。だけど僕は純粋にそう思ったし、自分が何者なのかを早く思い出したい。だから色々なことを知りたかった。
彼女は嫌な顔一つせず、
「…この辺りは、急患に対応できるような病院がないの。事件や事故がほとんどない村だから…それに私は応急措置の経験もあるし、幸い、私の家の近くの事故だったから…というわけなの」
納得。だがそれによって彼女と僕の記憶の関連性は潰えた。
「そうだったんだ…」
君と、ご家族には迷惑をかけたね…と言うと、彼女はうつむき、
「…家族は…いないの。気にしないで。ケガが治るまで、ゆっくりしていっていいから。…夕食の準備をしてくるわ」
と言って、足早に部屋を出ていってしまった。
家族、と聞いた時、明らかに彼女の顔色が変わった。
「…一体どうしたんだろうか…?」
今はまだ、その理由を知り得ない。だが後にまさか、僕と彼女の間にあんな軋轢が生まれようとは…
-続く-
次回『邂逅の章 第2回-奈月-』は2月11日配信予定です?
Posted by ヤギシリン。 at
22:27
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