2008年02月13日
連載小説『東京迷宮〜もう誰も愛せない。君以外誰も…〜』
『邂逅(かいこう)の章』
第2回 奈月(なつき)
『出逢えたことから 全ては始まった 傷つけ合う日もあるけれど…』
僕が山梨県勝沼村で事故を起こし、如月奈月に助けられてから1ヵ月が経った。
最初は1人では立つこともままならなかった僕だったが、彼女…奈月さんの手厚い看護により、何とか松葉杖をついてだが、歩けるまでになった。
彼女は、優しい。そして、ELTというアーティストがとても好きだ。食事の用意や掃除をする時、仕事に行くまでの移動中に聞いている曲はほぼELTだ。
今日もELTのヒット曲『フラジール』が僕を眠りから覚ました。
部屋に彼女はいない。…が、隣の部屋から良い匂いがしてくる。
「食事の準備をしてるのか…」
僕はゆっくり体を起こし、横にある松葉杖を軸に布団から出た。
と同時に、隣の部屋から奈月さんが入って来た。
「あ…やっと起きたんだ。おはよう」
「やっと?」
「もう10時だよ。日曜とはいえ、寝すぎ…」
「確かに。…だから今日の音楽の音量はいつもより大きめに?」
「そうかもね。さ、ご飯作ったから食べて!」
そう言って彼女は食事を運んで来てくれた。
彼女はやはり優しい。ケガの看病はもちろんのこと、記憶を失い自分のいる世界・存在にすら不安を持っている僕に、できるだけ気を遣わせないよう敬語は使わず距離を縮めて話してくれる。
そんな彼女に対し、感謝の気持ちと共にもう1つの思いが込み上げる。
『何か、僕にできることはないだろうか?何か恩返しできることはないだろうか?』と…
少しずつ体が動くようになってから、僕は何度となく家事を手伝おうとした。だがその都度、
「いいから座ってて!今は体を治すのが第一でしょ?」
と言って、僕を強引に布団に戻す。歯がゆい。何も出来ない自分に焦りを覚えながら、今日も彼女の作った朝食を噛みしめた。
「…美味しい…今日も」
「本当?良かった」
優しくて、料理が上手。背が高くて美人なのに…何で1人でこんな所で暮らしているのだろう。都会に出ていれば、さぞモテるだろうに…
思えば、奈月さんはあまり自分の事を話したがらない。1ヵ月一緒に暮らしているが、知っていることといえば、ELTが大好きなこと・地元はここ勝沼村で、今はここから大月市まで出て、市内の小さな会社で働いていること。これくらいだ。
『それでも 信じてゆこうとする想い コワレテしまわぬように 抱き締めたい』
朝食を食べながら色々考えていると、いつの間にか『フラジール』が終わりに差し掛かった。
「…この曲…」
「え?」
「好きだよね。フラジール…だっけ?」
「お、曲名覚えたね」
「この家にいると、よく流れてくるからね。ELTの中でも、1番好きな曲なんじゃない?」
「そうかも。…お姉ちゃんが凄く好きだったから、私もよく聞いてるの」
「…お姉さん…」
初めて彼女の口から、家族の話が出た。姉がいるとは知らなかった。
「お姉さんがいるんだ?」
「…そう。沙月(さつき)っていう2コ上のお姉ちゃんなんだけど。今東京で働いているの」
「へぇ…お姉さんは東京なんだ?…奈月さんは地元で働いているのに?」
「…ん…と…そうなの。うち…ちょっと家庭が複雑だから…あ、コーヒー入れてくるね!」
彼女は言葉に詰まり、逃げるように席を立ってしまった。正にお茶を濁す、という表現がぴったりの状況だ。どうやら本当に、家族のことは話したくないようだ。
まぁ誰でも、秘密や言えないこともあるよな…そう考え、彼女の入れてくれたコーヒー美味しく頂いた。
それから更に2週間後、3月中旬。季節は冬から春に変わり始め、僕もようやく松葉杖からも解放された。いよいよ普通の人のように、日常生活を送れる日々がやってくる。
「さぁ、今度こそ恩返しの為に奈月さんの手伝いをするぞ。そして、無くした記憶の手掛かりを探しにいこう。…………でも、どうやって?」
気持ちばかりが逸(はや)る僕に、奈月さんは言った。
「白里君に会いたいって人がいるんだけど」
「…僕に?」
「そう。お客さんよ。…本当はもっと早く会わせたかったんだけど、白里君のケガもあったから…」
一体誰が…?僕の過去を知っている人…?
戸惑う僕に、彼女はそっと『客』の素性を耳打ちした。
「実はその人って、……なの」
「…え?!なんでそんな人が僕に?」
-続く-
次回第3回憲(けん)は2月18日配信予定です。
お詫び…この号の配信は、作者病欠のため、2日遅れての配信となってしまいました。
以後気をつけますんで今後ともよろしくお願いしますm(_ _)m
第2回 奈月(なつき)
『出逢えたことから 全ては始まった 傷つけ合う日もあるけれど…』
僕が山梨県勝沼村で事故を起こし、如月奈月に助けられてから1ヵ月が経った。
最初は1人では立つこともままならなかった僕だったが、彼女…奈月さんの手厚い看護により、何とか松葉杖をついてだが、歩けるまでになった。
彼女は、優しい。そして、ELTというアーティストがとても好きだ。食事の用意や掃除をする時、仕事に行くまでの移動中に聞いている曲はほぼELTだ。
今日もELTのヒット曲『フラジール』が僕を眠りから覚ました。
部屋に彼女はいない。…が、隣の部屋から良い匂いがしてくる。
「食事の準備をしてるのか…」
僕はゆっくり体を起こし、横にある松葉杖を軸に布団から出た。
と同時に、隣の部屋から奈月さんが入って来た。
「あ…やっと起きたんだ。おはよう」
「やっと?」
「もう10時だよ。日曜とはいえ、寝すぎ…」
「確かに。…だから今日の音楽の音量はいつもより大きめに?」
「そうかもね。さ、ご飯作ったから食べて!」
そう言って彼女は食事を運んで来てくれた。
彼女はやはり優しい。ケガの看病はもちろんのこと、記憶を失い自分のいる世界・存在にすら不安を持っている僕に、できるだけ気を遣わせないよう敬語は使わず距離を縮めて話してくれる。
そんな彼女に対し、感謝の気持ちと共にもう1つの思いが込み上げる。
『何か、僕にできることはないだろうか?何か恩返しできることはないだろうか?』と…
少しずつ体が動くようになってから、僕は何度となく家事を手伝おうとした。だがその都度、
「いいから座ってて!今は体を治すのが第一でしょ?」
と言って、僕を強引に布団に戻す。歯がゆい。何も出来ない自分に焦りを覚えながら、今日も彼女の作った朝食を噛みしめた。
「…美味しい…今日も」
「本当?良かった」
優しくて、料理が上手。背が高くて美人なのに…何で1人でこんな所で暮らしているのだろう。都会に出ていれば、さぞモテるだろうに…
思えば、奈月さんはあまり自分の事を話したがらない。1ヵ月一緒に暮らしているが、知っていることといえば、ELTが大好きなこと・地元はここ勝沼村で、今はここから大月市まで出て、市内の小さな会社で働いていること。これくらいだ。
『それでも 信じてゆこうとする想い コワレテしまわぬように 抱き締めたい』
朝食を食べながら色々考えていると、いつの間にか『フラジール』が終わりに差し掛かった。
「…この曲…」
「え?」
「好きだよね。フラジール…だっけ?」
「お、曲名覚えたね」
「この家にいると、よく流れてくるからね。ELTの中でも、1番好きな曲なんじゃない?」
「そうかも。…お姉ちゃんが凄く好きだったから、私もよく聞いてるの」
「…お姉さん…」
初めて彼女の口から、家族の話が出た。姉がいるとは知らなかった。
「お姉さんがいるんだ?」
「…そう。沙月(さつき)っていう2コ上のお姉ちゃんなんだけど。今東京で働いているの」
「へぇ…お姉さんは東京なんだ?…奈月さんは地元で働いているのに?」
「…ん…と…そうなの。うち…ちょっと家庭が複雑だから…あ、コーヒー入れてくるね!」
彼女は言葉に詰まり、逃げるように席を立ってしまった。正にお茶を濁す、という表現がぴったりの状況だ。どうやら本当に、家族のことは話したくないようだ。
まぁ誰でも、秘密や言えないこともあるよな…そう考え、彼女の入れてくれたコーヒー美味しく頂いた。
それから更に2週間後、3月中旬。季節は冬から春に変わり始め、僕もようやく松葉杖からも解放された。いよいよ普通の人のように、日常生活を送れる日々がやってくる。
「さぁ、今度こそ恩返しの為に奈月さんの手伝いをするぞ。そして、無くした記憶の手掛かりを探しにいこう。…………でも、どうやって?」
気持ちばかりが逸(はや)る僕に、奈月さんは言った。
「白里君に会いたいって人がいるんだけど」
「…僕に?」
「そう。お客さんよ。…本当はもっと早く会わせたかったんだけど、白里君のケガもあったから…」
一体誰が…?僕の過去を知っている人…?
戸惑う僕に、彼女はそっと『客』の素性を耳打ちした。
「実はその人って、……なの」
「…え?!なんでそんな人が僕に?」
-続く-
次回第3回憲(けん)は2月18日配信予定です。
お詫び…この号の配信は、作者病欠のため、2日遅れての配信となってしまいました。
以後気をつけますんで今後ともよろしくお願いしますm(_ _)m
Posted by ヤギシリン。 at
01:24
│Comments(0)
2008年02月03日
久々登場!
連載小説『東京迷宮〜もう誰も愛せない。君以外誰も…〜』
『邂逅の章』
第1回 白里(はくり)
『…白里…白里…』
暗く、冷たい空間が僕の目の前に広がっている。僕自身、その空間に立っているのか…横たわっているのか…それすらも分からない状態だ。気だるい、無重力の中にいるみたいだ。
『…白里…白里…』
その中で…はくり、と呼ぶ声が聞こえる。…女性の声。誰かを探しているみたいだ…はくり、というのは僕の名前なのか?
…何も分からない…思い出せない…自分の名前すらも…
『…白里…はく…』
声は次第に遠のいてゆく。そして、僕のいるこの空間も段々明るくなって…
「…う…うん…」
目を開けるとそこは…小さな部屋の中で、僕は布団に横たわっていた。
「…痛っ…」
起き上がろうとしたら、全身に激痛が走った。…よく見ると、僕の腕や足、体のいたる所に包帯が念入りに巻かれている。
「…一体何故…?…ここは?…僕は一体…」
色んな疑問が浮かんでは消え、現状を把握しようと必死になった。でも、体を動かすことさえままならない。
「…思い出せない…何も…」
しばらく、今置かれている状況を把握しようと、耳を澄ませた。
…雨の音が聞こえるから、外は雨…そして…部屋の一角にはテレビがあり、ニュースが流れている。
「…今日は…1月20日か」
けれども、今西暦何年なのかは分からない。…そういえば…僕は自分の歳すら思い出せない…
「…ん…?」
足音が近づいてくる。誰かがこっちに来るみたいだ。
やがて足音は止まり、すぐに僕のいる部屋のドアが開いた。誰か入って来る。…背の高い、女性だ。部屋に入って来るなり、彼女とすぐに目が合った。
彼女は少し驚いた様子だったが、柔らかい口調で僕に話しかけてきた。
「良かった…やっと目が覚めたんですね」
「…やっと?僕はどれくらい眠っていたんですか?何故こんなケガをしているんです?あなたは…?」
怒濤の様に言葉が溢れてくる。そんな僕を、彼女はいなす様にゆっくりと話した。
「落ち着いて下さい。まず、あなたは1週間程眠っていました。この家の近くの道路で事故を起こして…」
「…事故…?」
「ええ。あの日は大雨が降っていましたから、きっと路面が滑りやすくなっていたんでしょうね…」
彼女は順を追って話してくれた。
彼女の名前は如月奈月(きさらぎなつき)。ここ山梨県勝山村に住んでおり、今から1週間前の夜、この家に程近い道で僕の車がガードレールに激突していたのを発見したという。
「車体の損傷がかなりひどくて…運転席で気を失っていたあなたも凄いケガで、手当てしても中々目を覚まさないから…死んでしまったかと…目が覚めて良かった」
…僕はどこから来て、どこへ行こうとしていたんだろう。何も…思い出せない…
「でもあなた、免許証すら持っていないようなんだけど…名前は?」
…僕は…誰だ…?
「…白里…」
「え?」
「…白里。きっとこれが僕の名前…」
確証はない。が、さっき夢の中で呼んでいたこの名前が、僕の名なんだろう。直感的にそう思った。そう思うことにした。
「はくり?変わった名前ですね…それって名字なの?」
「実は…」
僕は、彼女に全て話した。事故当日のことも、それ以前の記憶も全くないことを。
「…全然覚えてないんですか?自分の誕生日…歳とかも?」
「…はい」
「そう…歳は私と同じ位、25・6に見えるけど。事故のショックによる記憶喪失みたいですね…」
彼女は話しながら、僕の腕の包帯を取り換えてくれた。とても慣れた手付きで、あっという間に右腕、左腕と付け替えが終わった。
「…ありがとう。包帯巻くの、凄く上手いですね」
「そう?一応昔、看護婦を目指してたことがあって、ちょっと実戦でもやったことがあるんですよ。それでかな」
彼女は少し照れくさそうに言った。その時の顔が、仕草が、誰かに似ている。どこかで会ったような、そんな感覚が頭を過った。
「…あの…如月さん、こんなこと聞くのは変かもしれませんが、以前僕と…会ったことありますか?」
「え?」
記憶喪失の人間ならではの、すっとんきょうな質問だ。彼女は笑って、
「残念だけど、初対面よ。さっき名前を聞いたばかりじゃない。…何故そう思うの?」
「…いやその…1週間前、君がケガを負った僕を見つけてくれたんなら、何でこの家に?警察に連絡して、病院に運んでもらえばそれまでなんじゃないかと…それをしなかったのは、面識があるからこそだから…なんて思って」
外から聞いてりゃ失礼な発言だ。だけど僕は純粋にそう思ったし、自分が何者なのかを早く思い出したい。だから色々なことを知りたかった。
彼女は嫌な顔一つせず、
「…この辺りは、急患に対応できるような病院がないの。事件や事故がほとんどない村だから…それに私は応急措置の経験もあるし、幸い、私の家の近くの事故だったから…というわけなの」
納得。だがそれによって彼女と僕の記憶の関連性は潰えた。
「そうだったんだ…」
君と、ご家族には迷惑をかけたね…と言うと、彼女はうつむき、
「…家族は…いないの。気にしないで。ケガが治るまで、ゆっくりしていっていいから。…夕食の準備をしてくるわ」
と言って、足早に部屋を出ていってしまった。
家族、と聞いた時、明らかに彼女の顔色が変わった。
「…一体どうしたんだろうか…?」
今はまだ、その理由を知り得ない。だが後にまさか、僕と彼女の間にあんな軋轢が生まれようとは…
-続く-
次回『邂逅の章 第2回-奈月-』は2月11日配信予定です?
『邂逅の章』
第1回 白里(はくり)
『…白里…白里…』
暗く、冷たい空間が僕の目の前に広がっている。僕自身、その空間に立っているのか…横たわっているのか…それすらも分からない状態だ。気だるい、無重力の中にいるみたいだ。
『…白里…白里…』
その中で…はくり、と呼ぶ声が聞こえる。…女性の声。誰かを探しているみたいだ…はくり、というのは僕の名前なのか?
…何も分からない…思い出せない…自分の名前すらも…
『…白里…はく…』
声は次第に遠のいてゆく。そして、僕のいるこの空間も段々明るくなって…
「…う…うん…」
目を開けるとそこは…小さな部屋の中で、僕は布団に横たわっていた。
「…痛っ…」
起き上がろうとしたら、全身に激痛が走った。…よく見ると、僕の腕や足、体のいたる所に包帯が念入りに巻かれている。
「…一体何故…?…ここは?…僕は一体…」
色んな疑問が浮かんでは消え、現状を把握しようと必死になった。でも、体を動かすことさえままならない。
「…思い出せない…何も…」
しばらく、今置かれている状況を把握しようと、耳を澄ませた。
…雨の音が聞こえるから、外は雨…そして…部屋の一角にはテレビがあり、ニュースが流れている。
「…今日は…1月20日か」
けれども、今西暦何年なのかは分からない。…そういえば…僕は自分の歳すら思い出せない…
「…ん…?」
足音が近づいてくる。誰かがこっちに来るみたいだ。
やがて足音は止まり、すぐに僕のいる部屋のドアが開いた。誰か入って来る。…背の高い、女性だ。部屋に入って来るなり、彼女とすぐに目が合った。
彼女は少し驚いた様子だったが、柔らかい口調で僕に話しかけてきた。
「良かった…やっと目が覚めたんですね」
「…やっと?僕はどれくらい眠っていたんですか?何故こんなケガをしているんです?あなたは…?」
怒濤の様に言葉が溢れてくる。そんな僕を、彼女はいなす様にゆっくりと話した。
「落ち着いて下さい。まず、あなたは1週間程眠っていました。この家の近くの道路で事故を起こして…」
「…事故…?」
「ええ。あの日は大雨が降っていましたから、きっと路面が滑りやすくなっていたんでしょうね…」
彼女は順を追って話してくれた。
彼女の名前は如月奈月(きさらぎなつき)。ここ山梨県勝山村に住んでおり、今から1週間前の夜、この家に程近い道で僕の車がガードレールに激突していたのを発見したという。
「車体の損傷がかなりひどくて…運転席で気を失っていたあなたも凄いケガで、手当てしても中々目を覚まさないから…死んでしまったかと…目が覚めて良かった」
…僕はどこから来て、どこへ行こうとしていたんだろう。何も…思い出せない…
「でもあなた、免許証すら持っていないようなんだけど…名前は?」
…僕は…誰だ…?
「…白里…」
「え?」
「…白里。きっとこれが僕の名前…」
確証はない。が、さっき夢の中で呼んでいたこの名前が、僕の名なんだろう。直感的にそう思った。そう思うことにした。
「はくり?変わった名前ですね…それって名字なの?」
「実は…」
僕は、彼女に全て話した。事故当日のことも、それ以前の記憶も全くないことを。
「…全然覚えてないんですか?自分の誕生日…歳とかも?」
「…はい」
「そう…歳は私と同じ位、25・6に見えるけど。事故のショックによる記憶喪失みたいですね…」
彼女は話しながら、僕の腕の包帯を取り換えてくれた。とても慣れた手付きで、あっという間に右腕、左腕と付け替えが終わった。
「…ありがとう。包帯巻くの、凄く上手いですね」
「そう?一応昔、看護婦を目指してたことがあって、ちょっと実戦でもやったことがあるんですよ。それでかな」
彼女は少し照れくさそうに言った。その時の顔が、仕草が、誰かに似ている。どこかで会ったような、そんな感覚が頭を過った。
「…あの…如月さん、こんなこと聞くのは変かもしれませんが、以前僕と…会ったことありますか?」
「え?」
記憶喪失の人間ならではの、すっとんきょうな質問だ。彼女は笑って、
「残念だけど、初対面よ。さっき名前を聞いたばかりじゃない。…何故そう思うの?」
「…いやその…1週間前、君がケガを負った僕を見つけてくれたんなら、何でこの家に?警察に連絡して、病院に運んでもらえばそれまでなんじゃないかと…それをしなかったのは、面識があるからこそだから…なんて思って」
外から聞いてりゃ失礼な発言だ。だけど僕は純粋にそう思ったし、自分が何者なのかを早く思い出したい。だから色々なことを知りたかった。
彼女は嫌な顔一つせず、
「…この辺りは、急患に対応できるような病院がないの。事件や事故がほとんどない村だから…それに私は応急措置の経験もあるし、幸い、私の家の近くの事故だったから…というわけなの」
納得。だがそれによって彼女と僕の記憶の関連性は潰えた。
「そうだったんだ…」
君と、ご家族には迷惑をかけたね…と言うと、彼女はうつむき、
「…家族は…いないの。気にしないで。ケガが治るまで、ゆっくりしていっていいから。…夕食の準備をしてくるわ」
と言って、足早に部屋を出ていってしまった。
家族、と聞いた時、明らかに彼女の顔色が変わった。
「…一体どうしたんだろうか…?」
今はまだ、その理由を知り得ない。だが後にまさか、僕と彼女の間にあんな軋轢が生まれようとは…
-続く-
次回『邂逅の章 第2回-奈月-』は2月11日配信予定です?
Posted by ヤギシリン。 at
22:27
│Comments(0)