2007年07月22日

連載小説『東京堕天使〜マリアと下僕たち〜』

第4回 『マリア降臨編その2あなたに逢いたくて〜マジで恋する5秒前〜』

茜が暢也の浮気を知ることになった、あのFRIDAYの記事。茜は茜でその記事を見て激昂。電話で暢也を怒鳴りちらしたきり、彼は家に帰って来なくなってしまった。
『何よ、急に売れ出したからって調子に乗ってアイドルなんかと浮気して…下積み時代、苦楽を共にした私のことなんて、もうどうでもいいっていうワケ?』
そんな怒りを抱きながらも、ずっと連絡をよこさず帰りもしない暢也に、彼女は不安も感じていた。
と同時に。あの記事を見て、茜と似たような想いを抱く者もいた。
『おのれ曜子め…好き放題やりおって…』
と歯ぎしりする者の名は、久地快人(くじかいと)26歳。彼は暢也のお相手である蓮田曜子をスカウトし、アイドルとしてブレイクさせた、彼女のマネージャーだった。

しかしマネージャーとは名ばかりのもので、日常の買い物からストレスが溜まった時の八つ当たりなど、彼女からは酷い仕打ちばかり受けていた。それでも曜子の将来性を感じていた快人は、TV局やプロデューサー等に売り込みを続け、ついに曜子をアイドルとして昇華させることが出来た。
その矢先に暢也との交際が発覚。曜子を清純なイメージで売りだそうとする所属事務所からは『もっと彼女の身辺に注意を払え』と言われ、曜子本人からも『私のことをもっと守ってよ!使えないわね』
と罵倒された挙げ句、『マネージャーを変えて欲しい』とまで申し出られたため、現在の彼は曜子の担当から解任。プラス自宅謹慎という理不尽な処分を言い渡された。その仕打ちにはさすがに納得出来ず、快人は逆に辞表を叩きつけて事務所を去った。
『曜子をメジャーにするために頑張って来たのに…いざメジャーになった途端、この仕打ちか』
だが、捨てる神あれば拾う神もある。
途方に暮れていた快人の元に、ある日一通の手紙が届いた。差出人は『株式会社アーティストハウス代表取締役・日野恭彦』とあった。
「…アーティストハウスの社長?…あぁ、思い出した。仕事で何回か打ち合わせしたことがあるな。確か、南青山の…」
アーティストハウスはその名の通り、アーティストが多く所属している芸能事務所である。特に今は、暢也のバンド・GANzより少し遅くデビューしたボーカリスト・マリアが注目を集めている。彼女は着々と実力と人気を上げており、暢也もライバル視していた。
「その事務所の社長が一体俺に何の用なんだろう?」
快人は手紙に目を通した。そこには、以下のようなことが書かれていた。
『君があの蓮田曜子を発掘し、メジャーにした功績は誰もが認めるところ。しかし…ピラミッド(快人が所属していた事務所)は、たった一度の失敗で君に厳しい処分を下した。君がピラミッドに背を向けたのもよく分かる。けれども…業界自体に背を向けないでくれまいか。率直に言うと、マネージャーとしての君の実力を買っている。是非うちに来て欲しい。今日はその連絡で、手紙を出した。
もしこの話に興味があるなら…一度、じっくり話がしたい。私事で恐縮だが、私は事務所を経営する傍ら、横浜の関内に一つ、ホテルを持っている。今度の7月7日の日に、そのホテルのリニューアルレセプションを行うのだが…是非そこで、話し合えないだろうか?地図と招待券は添付した…君が来てくれることを願う』
確かに手紙の中には、ホテルの場所を綴った地図と、レセプションの招待券が入っていた。


7月7日、レセプション当日。結局快人は2つ返事で出席を決め、招待券を手に、日野が経営する関内のホテル『パシフィック』にやって来た。
「うわ…凄いな、このホテル」
元町中華街駅から歩いて2分。入ると、大きなエントランスと3階から吊るされた巨大なシャンデリアがロビーを彩っている。かなり豪華な作りで、そのたたずまいに快人は圧倒されていた。
少したじろぎながらも、フロントで受付をすませ、レセプションが開催される屋上のビヤガーデンに向かった。同じ頃…
「レ…レセプションて…こんな豪華なホテルでやるんですか?」
レセプションの招待状を持つもう1人・瞳も茜を連れて『パシフィック』に到着していた。
瞳は学生時代、このホテルでアルバイトをしており、従業員に顔がきく。今回も現職の社員から招待状をもらい、暢也の件で落胆する茜を元気づけるため、参加したのだった。
二人もホテルの雰囲気に圧倒されながらも、フロントで受付を済ませ、ビヤガーデンへと向かった。
『パシフィック』は10階建てホテルで、すぐ横にはマリンタワー。目の前には山下公園。そして、ビヤガーデンや客室からは港町・横浜の夜景が堪能できる、というロケーションの良さが売りになっている。
「うわぁ…きれい…」
茜もビヤガーデンに着くとその景色に魅了された。現在の時刻は午後5時20分。落ちかけた日が空をオレンジ色に染め、空の青と混ざってビヤガーデンを彩っている。
「ではこちらへどうぞ」
他に客はいない。ウェイターの案内で、レセプションの席へと通された。そこには…先に来ていた快人が1人、他4〜5名の招待客が座っていた。
快人の横に2つ、席が空いている。
「ここ…座っても?」
茜と快人とが隣り合わせで座り、瞳はその横…
「え?あぁ、どうぞ」
と軽く挨拶をした瞬間、快人に衝撃が走り、もう茜から目が離せなくなっていた。
(こ…の感覚は…そうだ…曜子を最初に見た時と同じ感覚…見たことないけどこの人も、日野社長の事務所に所属するタレントかな…)
「…?あの…どうしたんですか?私の顔に何かついてます?」
「え?…い、いや失礼。何でもないです。………あ…あのあなたも、このホテルのオーナーに呼ばれて、レセプション出席された方ですか?」
「え?いや、全然違いますよ。今日は先輩のお供で来たんです。隣にいる…」
茜が瞳を紹介しても、快人は『そうなんですか』と興味なさげに言うばかりで、茜に釘付けだ。
「あ…あの!あなた、日野社長の事務所にするタレントさんなんですか?」
「えぇ?ぜ…全然違いますけど…」
初対面なのにずけずけと質問してくる快人に、そしてなにより、自分を差し置いて茜ばかりに興味を抱く快人に腹を立てた瞳は、
「ちょっとあなた、さっきから何なの?自分の名前も言わないで、人のことばかりずけずけ聞くなんて失礼だと思わないの?」
と少し大きめの声で牽制した。
驚きはしたものの、それもそうか…と思い直し、快人は襟を正して向き直った。
「これは失礼しました…僕は久地快人。ここのホテルのオーナーに呼ばれて、このレセプションに参加しているんだ。仕事は…芸能マネージャーをやっているんだ。(『元』だけどね)…で…」
「で?」
快人はコホン、と一息入れてから再び話し始めた。
「正直、今僕の隣にいる彼女に興味がある。是非…あなたをスカウトしたい。芸能界で活躍してみたいと思わないか?」
「………」
突然の快人の言葉に、唖然とする二人。
「くすっ…」
瞳の失笑が聞こえる。
「あなたねー、ナンパならもっと上手くやりなさいよ。要は、茜ちゃんに惚れたってことでしょう?それをスカウトって…そういうことはハッキリ言った方がまだ成功率も上がるわよ」
茜だけに興味を持たれたことがよっぽど悔しかったのか、瞳は嫌味ったらしく言い放った。さすがに快人もムッときたようで、
「ナンパじゃないって!本当には何か…素質みたいなものを感じるんだ。なんたって僕は…あの蓮田曜子をスカウトして、メジャーにさせたんだぜ!(今はクビになっちゃったけどね)」
「!蓮田?あの蓮田曜子?」
思わず茜は身を乗り出してしまった。
(おっ?何か今までと反応が違うぞ?…曜子の話を上手く使えば、ひょっとするかも…?)
様々な思惑を乗せながら、7月7日七夕の夜は暮れていく…
-続く-
次回『マリア降臨編その3〜M・ここではないどこかへ〜』
は7月29日更新予定です!


Posted by ヤギシリン。 at 18:48│Comments(0)
 
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