2007年08月05日

連載小説『東京堕天使〜マリアと下僕たち〜』

第6回『マリア降臨編その4・運命の人〜ロードオブメジャー〜』
人は誰も、自分の未来を知らない。知ることはできない。逆に…知ってしまうと、人はやる気を失うのだろう。かの有名なパンドラの箱に入っていた害悪とは、未来を予知する力だったという説まである。自分の行く末を知らない方が、人は希望を持って生きてゆけるのだろう。何が起こるか分からないから…

2005年1月。茜が日野・快人らと出会った七夕の夜から6ヶ月。年も変わり、季節は夏から秋、そして冬へと移り変わっていた。その間、日本の音楽シーンにも変化が表れていた。
2004年7月にシングルとアルバムを同時にリリースし、最高の売り上げを記録した暢也のバンド・Ganz。一躍トップに躍り出たと思われたが、更なる快進撃を続けたアーティストが1人。Ganzよりも1ヶ月遅くデビューしたボーカリスト・マリア。
彼女の出すCDは全てがヒットチャート1位を記録。日本中はマリアの熱気に包まれた。Ganzの活躍が陰る程に…11月になる頃、マリアの人気は当然の如く天井知らず。一方のGanzはマリア熱気に押され、すっかり影が薄くなってしまった。暢也と蓮田曜子の熱愛を1ページで大きく報じたFRIDAYも、二人が破局したことを再びフォーカスしたものの、雑誌の隅に小さく報道する程度にとどまった。Ganzは完全に推進力を失ってしまった。Ganzは夏の夜の夢の如く、ブラウン管の中から姿を消していった…
そのGanzのボーカル・暢也の行方を追う茜は、七夕の夜、ホテル『パシフィック』で出会った快人の申し入れを受け、日野の運営する芸能事務所『アーティストハウス』と契約。『矢川かすみ』の名前で芸能界デビューしていた。
ただ彼女は、本心から芸能界に入りたかった訳ではない。もちろん本当の目的は暢也の行方を探すこと。
しかし…仕事の忙しさに追われそれもままならず、また、快人からのお墨付きをもらったとはいえまだデビューして半年。まだまだメジャーになる程の人気は得られていなかった。
「今人気のマリアやあの曜子も素質があるとはいえ、下積み時代はあったさ。今は我慢の時だよ」
と、茜をスカウトした快人は言う。
それでも、
「はぁ…私、一体何やってんだろ…」
中々うまくいかない日々に焦り、自分を見失うこともあったが、芸能界に入って良いこともあった。
それは、ファンであるマリアと同じ事務所に所属でき、しかも芸能活動の傍ら、マリアのライブの際、コーラスを任されたこと。
(わ…私がマリアさんと同じステージに立てる…しかもコーラスをやらせてもらえるなんて…)
疲れていた茜にとって、これはこの上ない喜びだった。

…それから1ヶ月後…
『この空を突き抜けて あなたに会いに行こう…』
「マリアー!最高ー!」
「マリア、かわいー!」
2005年2月。
マリアは東京ドームでライブを行い、5万人を動員。観客の入りも盛り上がりも、今までのライブの中でも最高のものとなった。
もちろん、茜もコーラスとして参加。ファンとしては最高のポジションでライブを堪能することができた。その帰り際…
「茜ちゃん、お疲れ様!」
控え室を出て、帰ろうとした時、後ろから誰かが声をかけた。
「?…え?!ま…マリアさん?」
茜とマリアは同じ事務所に所属しているが、あまり話したことはなかった。茜はもちろんマリアを知っている。けれども、マリアは茜をどれだけ覚えているだろうか…というレベルだったので感激…というか、驚いていた。
「マリアさん、どうしたんですか?今日は事務所のスタッフと打ち上げだったんじゃないですか?」
「ふふ、いつも同じメンバーと飲んでるから、つまんなくて抜けてきちゃった。それに私、茜ちゃんとゆっくり話したかったし」
「え…?私と…?」
「そ。とにかく移動しよ!私、いい店知っているからさ!」
マリアは茜の手を引いて、東京ドーム近くで拾ったタクシーに乗り込んで
「御成門までお願い」
と一言。タクシーは東京タワー近くまでやって来た…
「どう?この店は。夜景がとても綺麗でしょう?」
連れてこられたのは、東京タワーの隣にある20階建のビル最上階のレストラン。窓側から綺麗にライトアップされた東京タワーが見える最高の席に二人は座った。
「…とても綺麗です。こんな所で食事できるなんて…」
店内も少し暗めの灯が灯っており、落ち着いた雰囲気がある。茜はすっかり緊張してしまっていた…
「ここなら落ち着いて話せるでしょう?…茜ちゃんは、あのGanzの暢也君と付き合ってって聞いてて…ちょっとそこら辺を詳しくききたいなぁって思ってね」
「!マリアさん、ノブに会ったことがあるんですか!?」
身を乗り出して聞いて来た。そんな茜をたしなめるように、
「もちろん。彼とはデビューも1ヶ月しか違わないし、まだ駆け出しの頃、そういうまだメジャーじゃないバンドだけを集めたフェスにも一緒に参加したことがあるの。その後、一緒に飲みに行ったりもした…」
茜は食い入るように耳を傾け、マリアは続けた。
「彼…物凄く負けず嫌いなんだよね。私が少しでも上に行くと悔しがって…私も彼が絶頂だった頃は、ライバルと思って頑張れたし。ここまでこれたのは、やっぱりGanzがいたからっていうのもあると思うの。…それが、ねぇ。きっと有頂天になっちゃったのね。…彼とは最近どうなの?」
「…ノブは…あの蓮田って女と浮気したっきり、会ってない…帰って来ない…音信不通なんです。私はずっと、あいつが音楽を始めた頃からずっと側にいたに…マリアさん、あいつのノブの行方を知りませんか…私は、ノブを探すためにこの業界に入ったんです」
「…残念だけど知らないわ。携帯も変えてるみたいだし…」
そうですか…と茜は肩を落とした。
「…この世界には魔物がいるのよ」
マリアは小さく囁いた。
「ま…もの?」
「そう。暢也君だって、下積みの頃は音楽一筋って感じで、真面目だった。それは茜ちゃんがよく知ってるでしょう?」
茜は大きくうなずいた。
「でもそれが…売れ出した途端、あんなことになったでしょう。これは驕りという魔物…これが更に進化すると、手に入れた人気や地位をキープするために人を陥れたり妬んだりするようになるの」
人気商売も楽じゃないねと言って締めくくった。
「…でも、マリアさんはその人気絶頂の時期にあるのに、しっかり自己分析して冷静ですよね…きっと、マリアさんは魔物にはとり憑かれませんね」
だって、努力しているものといって笑った。
「…マリアさんは素敵だと思います。驕らず、冷静で…今日もまだ下っ端の私なんかにも声をかけてくれて…本当に嬉しいです!」
これは茜の心からの言葉だった。茜はマリアに更に心酔し、二の次だった芸能界での仕事も、『こういう人がいるならもっと続けたい…そしてマリアさんみたいになりたい…』という想いが芽生え始めていた。
…だが…

‐続く‐
次回『マリア熱狂編前編エゴイスト〜翼を下さい〜』は8月12日配信予定です!


Posted by ヤギシリン。 at 22:43│Comments(0)
 
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