2007年08月20日
連載小説『東京堕天使〜マリアと下僕たち〜』
第8回マリア熱狂編その2『揺れる想い〜それぞれの交差点〜』
「はい、皆さんこんにちわ!今週のゲストは蓮田曜子さんで〜す!」
8月30日、昼。茜は六本木の事務所『アーティストハウス』の一室で、1人ソーメンをすすりながら、テレビを見ていた。
ブラウン管の中にはあの女、曜子が映っている。
「蓮田…曜子…」
2週間前曜子と出会って以来、どうも気分が晴れないでいた。それは…マリアのコーラスに熱中することで、失いかけていた暢也への想いがまた再燃したためだった。
何も言わずにいなくなったことへの怒りか、会えない寂しさか…茜自身もどちらか分かない…
「おはようございまーす!…あれ、茜ちゃん。早いねー」
そんな所へ、マリアが元気よく入ってきた。
今日はマリアのライブ関係者が社長の日野に呼ばれ、事務所に集まることになっていた。何か、重大な発表があるとか…
「あ、マリアさん。…おはようございます」
「…どうしたの?元気ないね」
「…分かります?」
マリアはクスっと笑って
「分かるわよー。だって茜ちゃん、顔に出やすいもん。ささ、何があったの?お姉さんに話してみな?」
モヤモヤしていた茜にとって、マリアの笑顔は眩しい。
…確か昨日は、遅くまでレコーディングをやっていた。その前の日はライブの打ち合わせや、会場の下見に行っていた。…自分こそ忙しすぎて息つく暇もなく、愚痴やストレスだってあるだろう。それを表に出さないマリアを、益々好きになった。
「実は…この前、蓮田曜子に会ったんです。横浜駅で」
「へぇ、凄い偶然ね」
「ええ…でも向こうは、私をマリアさんと間違えて声をかけてきたんですけど」
「…そんなに似てきちゃったの、私達?」
(今日の茜はマリアメイクではないが)二人は顔を見合わせて笑った。
「…で、どう対応していいか迷ったんですが…マリアさんにはご迷惑かもしれないですが…そのままマリアさんとして、ノブのことを聞いたんです」
「…ふぅん。それで?」
マリアは特に迷惑そうにもしていないし、怒ってもないようだった。
茜はそのまま話を続けた。
「…それで聞いたら、ノブとはもう別れていて、その後彼がどうしているかも分からないって…その話を聞いて、また…ノブのことが気になっちゃって…なんか…気が晴れないんです」
茜の話を一通り聞いて、マリアは
「…ねぇ茜ちゃん。茜ちゃんが暢也君のことを想う気持ちは分かるんだけど、もうそろそろ過去のことを引きずるのはやめた方がいいんじゃない?…だってホラ、暢也君さ、ケンカ別れして出ていって以来、連絡もないんでしょ?それに…蓮田さんとも別れてから何の音沙汰ないっていうのは…何かおかしいよ。もっと新しい出会いを求めた方が、絶対に茜ちゃんにとってプラスになると思うよ!」
言いにくいこともすっぱり言う。茜はそんなマリアがやっぱり好きだった。だからこそ―本心で応えるべきだ。
そう思い、茜は言葉を続けた。
「はい、皆さんこんにちわ!今週のゲストは蓮田曜子さんで〜す!」
8月30日、昼。茜は六本木の事務所『アーティストハウス』の一室で、1人ソーメンをすすりながら、テレビを見ていた。
ブラウン管の中にはあの女、曜子が映っている。
「蓮田…曜子…」
2週間前曜子と出会って以来、どうも気分が晴れないでいた。それは…マリアのコーラスに熱中することで、失いかけていた暢也への想いがまた再燃したためだった。
何も言わずにいなくなったことへの怒りか、会えない寂しさか…茜自身もどちらか分かない…
「おはようございまーす!…あれ、茜ちゃん。早いねー」
そんな所へ、マリアが元気よく入ってきた。
今日はマリアのライブ関係者が社長の日野に呼ばれ、事務所に集まることになっていた。何か、重大な発表があるとか…
「あ、マリアさん。…おはようございます」
「…どうしたの?元気ないね」
「…分かります?」
マリアはクスっと笑って
「分かるわよー。だって茜ちゃん、顔に出やすいもん。ささ、何があったの?お姉さんに話してみな?」
モヤモヤしていた茜にとって、マリアの笑顔は眩しい。
…確か昨日は、遅くまでレコーディングをやっていた。その前の日はライブの打ち合わせや、会場の下見に行っていた。…自分こそ忙しすぎて息つく暇もなく、愚痴やストレスだってあるだろう。それを表に出さないマリアを、益々好きになった。
「実は…この前、蓮田曜子に会ったんです。横浜駅で」
「へぇ、凄い偶然ね」
「ええ…でも向こうは、私をマリアさんと間違えて声をかけてきたんですけど」
「…そんなに似てきちゃったの、私達?」
(今日の茜はマリアメイクではないが)二人は顔を見合わせて笑った。
「…で、どう対応していいか迷ったんですが…マリアさんにはご迷惑かもしれないですが…そのままマリアさんとして、ノブのことを聞いたんです」
「…ふぅん。それで?」
マリアは特に迷惑そうにもしていないし、怒ってもないようだった。
茜はそのまま話を続けた。
「…それで聞いたら、ノブとはもう別れていて、その後彼がどうしているかも分からないって…その話を聞いて、また…ノブのことが気になっちゃって…なんか…気が晴れないんです」
茜の話を一通り聞いて、マリアは
「…ねぇ茜ちゃん。茜ちゃんが暢也君のことを想う気持ちは分かるんだけど、もうそろそろ過去のことを引きずるのはやめた方がいいんじゃない?…だってホラ、暢也君さ、ケンカ別れして出ていって以来、連絡もないんでしょ?それに…蓮田さんとも別れてから何の音沙汰ないっていうのは…何かおかしいよ。もっと新しい出会いを求めた方が、絶対に茜ちゃんにとってプラスになると思うよ!」
言いにくいこともすっぱり言う。茜はそんなマリアがやっぱり好きだった。だからこそ―本心で応えるべきだ。
そう思い、茜は言葉を続けた。
「…確かにそうかも。でも、私は納得したいんです。ノブが私から蓮田さんに乗り換えたにせよ、何で連絡しないまま、出て行ってしまったのか?蓮田さんと既に別れたなら、何で今の今まで帰っても来ないし、何の連絡もして来ないのか?…どんな理由でもいいんです。…どんな理由でも、彼のノブの口から聞きたくて…」
「…そこまで意志が固まっているなら、私はもう何も言わないわ。…見つかるといいね…暢也君…」
二人はまた、顔を見合わせて笑った。そこへ…
「おはよう。…ん?何だ?まだ茜君とマリアしか来ていないのか…」
日野が入って来た。マリアも茜も、姿勢を正して日野を迎えた。
「おはようございます、社長。今日は、私の次のライブに関して重大な発表があるとか…?」
「…そう。まだメンバー全員が揃ってないが、先に話しておこう。今回、10月初旬から12月24日にかけて、全国縦断ツアーを計画している」
「全国縦断のライブですか?」
日野のプランは、10月10日の武道館ライブを皮切りに、北は北海道。南は沖縄と、正に日本縦断ライブを敢行。最後12月24日に再び武道館に戻って最終ライブを行うという、壮大なプロジェクトだった。
「このツアーが成功すれば、マリアの人気はより強固なものとなる。私はこのプロジェクトに社運をかけている。何としても成功させたい。…今までにない長いツアーになるが、マリア以下、みんなには是非とも頑張ってもらいたい」
スタッフ全員が集まった所で、日野は改めて決意表明をした。茜ももちろん、コーラスとしてツアーに参加する。
「茜ちゃん、頑張ろうね。」
「はい、マリアさん。私もステージを盛り上げられるよう精一杯やります」
茜も、ライブに情熱を注ぐことによって、晴れない気分を吹き飛ばそう…と、気合いを入れ直した。
が、このツアーの開催…というより、茜が参加することを喜ばない男が1人。茜のマネージャー、久地快人である。
彼は茜が本業である『矢川かすみ』としての活動そっちのけで、マリアのコーラスばかりに参加していることに苛立ちを感じていた。ここでまた、全国ツアーに参加されては『矢川かすみ』としての活動が全く出来なくなってしまう…ついに彼は、社長の日野に直談判しに行った。
「社長!茜君をマリアのツアーに参加させるのは止めて下さい。彼女にはもっと、『矢川かすみ』としての活動が必要なんです!」
「今更何を言っているんだ、久地君…彼女の参加は前々から決まっていたことだ。それにもう、茜君はマリアのライブのコーラスとして、なくてはならない存在だ…外すことなどできん」
快人はムッとして、食い下がった。
「ですが、それは彼女の本業じゃあない。彼女は、『矢川かすみ』として成功を収めることが求められているんです!」
快人の語気が段々強くなってくる。そんな快人を軽くいなすように、
「久地君、君は本質を理解していない。確かに彼女は、最初の主旨とは違う方向性に向かっているのかもしれない。…だが現に、彼女は今のポジションで必要とされている。…それでいいじゃないか。それに今はバックコーラス止まりかもしれないが、今後は彼女の歌手デビューだって考えてはいる。…そこで成功しても同じことだろう?…今は焦らず、待つことだよ」
そう言って、日野は去っていった。だが、快人はどうも腑に落ちない。
(くぅ…マリアに心酔しおって…歌手としての成功…確かにそれも悪くない。…が時間がかかりすぎる。曜子はスカウトしてから1年でブレイクさせた…茜君の場合、もう1年が過ぎている…これ以上時間をかけすぎては、曜子を見返すことはできん…)
快人は異常なまでに焦っていた。自分をクビにした曜子をひれ伏させるために、早く結果を出そうと…その焦りが、ひらめきを生み出し、マリアと茜を新たな局面に導いていく…
(…なるほどそうか。こういう方法もあるな。こうすれば、茜君の知名度は圧倒的なものになるな…)
かくして10月10日。様々な思惑を乗せて、マリアの全国ツアーはスタートした。
-続く-
次回マリア熱狂編その3『エゴイスト〜翼を下さい〜』は8月26日配信予定です!
「…そこまで意志が固まっているなら、私はもう何も言わないわ。…見つかるといいね…暢也君…」
二人はまた、顔を見合わせて笑った。そこへ…
「おはよう。…ん?何だ?まだ茜君とマリアしか来ていないのか…」
日野が入って来た。マリアも茜も、姿勢を正して日野を迎えた。
「おはようございます、社長。今日は、私の次のライブに関して重大な発表があるとか…?」
「…そう。まだメンバー全員が揃ってないが、先に話しておこう。今回、10月初旬から12月24日にかけて、全国縦断ツアーを計画している」
「全国縦断のライブですか?」
日野のプランは、10月10日の武道館ライブを皮切りに、北は北海道。南は沖縄と、正に日本縦断ライブを敢行。最後12月24日に再び武道館に戻って最終ライブを行うという、壮大なプロジェクトだった。
「このツアーが成功すれば、マリアの人気はより強固なものとなる。私はこのプロジェクトに社運をかけている。何としても成功させたい。…今までにない長いツアーになるが、マリア以下、みんなには是非とも頑張ってもらいたい」
スタッフ全員が集まった所で、日野は改めて決意表明をした。茜ももちろん、コーラスとしてツアーに参加する。
「茜ちゃん、頑張ろうね。」
「はい、マリアさん。私もステージを盛り上げられるよう精一杯やります」
茜も、ライブに情熱を注ぐことによって、晴れない気分を吹き飛ばそう…と、気合いを入れ直した。
が、このツアーの開催…というより、茜が参加することを喜ばない男が1人。茜のマネージャー、久地快人である。
彼は茜が本業である『矢川かすみ』としての活動そっちのけで、マリアのコーラスばかりに参加していることに苛立ちを感じていた。ここでまた、全国ツアーに参加されては『矢川かすみ』としての活動が全く出来なくなってしまう…ついに彼は、社長の日野に直談判しに行った。
「社長!茜君をマリアのツアーに参加させるのは止めて下さい。彼女にはもっと、『矢川かすみ』としての活動が必要なんです!」
「今更何を言っているんだ、久地君…彼女の参加は前々から決まっていたことだ。それにもう、茜君はマリアのライブのコーラスとして、なくてはならない存在だ…外すことなどできん」
快人はムッとして、食い下がった。
「ですが、それは彼女の本業じゃあない。彼女は、『矢川かすみ』として成功を収めることが求められているんです!」
快人の語気が段々強くなってくる。そんな快人を軽くいなすように、
「久地君、君は本質を理解していない。確かに彼女は、最初の主旨とは違う方向性に向かっているのかもしれない。…だが現に、彼女は今のポジションで必要とされている。…それでいいじゃないか。それに今はバックコーラス止まりかもしれないが、今後は彼女の歌手デビューだって考えてはいる。…そこで成功しても同じことだろう?…今は焦らず、待つことだよ」
そう言って、日野は去っていった。だが、快人はどうも腑に落ちない。
(くぅ…マリアに心酔しおって…歌手としての成功…確かにそれも悪くない。…が時間がかかりすぎる。曜子はスカウトしてから1年でブレイクさせた…茜君の場合、もう1年が過ぎている…これ以上時間をかけすぎては、曜子を見返すことはできん…)
快人は異常なまでに焦っていた。自分をクビにした曜子をひれ伏させるために、早く結果を出そうと…その焦りが、ひらめきを生み出し、マリアと茜を新たな局面に導いていく…
(…なるほどそうか。こういう方法もあるな。こうすれば、茜君の知名度は圧倒的なものになるな…)
かくして10月10日。様々な思惑を乗せて、マリアの全国ツアーはスタートした。
-続く-
次回マリア熱狂編その3『エゴイスト〜翼を下さい〜』は8月26日配信予定です!
Posted by ヤギシリン。 at 22:37│Comments(0)