2007年09月02日
連載小説『東京堕天使〜マリアと下僕たち〜』
第10回マリア熱狂編その4『エゴイスト〜あんなに一緒だったのに〜』
「僕は君のことを 忘れないだろう…」
2005年11月26日、マリア全国ツアーin名古屋最終日。
リハーサル中に負傷したマリアに代わりステージに立った茜は、最後の曲『聖なる海』を歌い切り、無事にライブを成功させた。人気アイドル・蓮田曜子を発掘した快人に見い出された茜だけあって、初のメインボーカル、しかもマリアというカリスマ的アーティストの看板を背負ってのステージも、危なげなくこなしてみせた。
結果、ライブは大盛況。観衆は『マリア』が代わったことに気づくことなく満足して、家路についていく…
「僕は君のことを 忘れないだろう…」
2005年11月26日、マリア全国ツアーin名古屋最終日。
リハーサル中に負傷したマリアに代わりステージに立った茜は、最後の曲『聖なる海』を歌い切り、無事にライブを成功させた。人気アイドル・蓮田曜子を発掘した快人に見い出された茜だけあって、初のメインボーカル、しかもマリアというカリスマ的アーティストの看板を背負ってのステージも、危なげなくこなしてみせた。
結果、ライブは大盛況。観衆は『マリア』が代わったことに気づくことなく満足して、家路についていく…
「茜君、お疲れ様!凄くいいステージだったよ!」
「ここまで上手くやれるとは…驚いたよ!」
楽屋に戻った茜を、日野と快人の労いの言葉が祝福する。
「しゃ…社長…快人さん…ありがとうございます。私も本番中、すごいドキドキだったんですよ〜…ばれちゃうんじゃないかって。…でも、何とかやりきりました」
謙遜しながらも、茜の表情は明るい。
「…まず始めの一歩はクリアですね」
快人もホッとした表情を見せた。
「ああ。だが、まだライブは1ヶ月残っている。頑張っていこう」
順調なスタートで、茜ライブは幕を開けた。名古屋の次は大阪、そして四国と、茜は快調に日程をこなしていった。
ライブを終える度、快人は
「お疲れ様、茜君…どうだった?今日のステージは…」
と感想を求めた。
「疲れましたよ〜常にばれないようにばれないようにやってますからね…」
「…楽しくはないのかい?」
と聞くと、茜は笑って
「…当然、やりがいはありますよ!楽しいです」
こう答えた。
ライブを始めた当初は、こんなやりとりだった会話が、
「…茜君、今日のライブはどうだった?」
「最高でした!なんかこう…お客さんと一体感があったっていうか…凄い充実してました!」
満面の笑顔の茜。しかしこの時、茜はもう『魔物』に取り憑かれていた。
マリアに成り代わった自分。そこに贈られる、観客からの盛大な拍手。それを貰い続けるにつれ、いつしか茜は境遇に酔いしれた。
観客からの拍手は、自分ではなくマリアへ、今まで彼女が積み上げてきた功績があってこそ贈られているのに…完全に茜は思い上がってしまっていた。
当初は、ライブが終わる毎にマリアにしていた報告の電話もしなくなる程に…
「そうか…お疲れ様」
それを待っていた快人は心底笑って茜を労った。
(ツアー終了まで残り10日…大分仕上がってきたな…あとは…マリアの退院がいつになるか…だな…)
快人の思い描いたシナリオは、少しずつ現実味を帯びていく…
時は変わって12月20日。マリアの全国ツアーも、この日の横浜アリーナでの1回、24日武道館での1回計2回を残すのみとなった。
「…茜君、いよいよこのツアーも残り少なくなってきたね…」
ライブ前、茜と快人は楽屋で打ち合わせをしていた。
「そうですね…」
「…マリアは今日、退院できるそうだ」
「!…そうなんですか…」
マリアのことを告げた瞬間、茜の顔つきが変わったのを、快人は見逃さなかった。すかさずそこへ、畳み掛ける。
「どうかな、茜君?この1ヶ月は…」
「…とても…充実してました。ステージでメインを張れるってことが、こんなに楽しいなんて、想像以上でした」
「…それが…だ。今日マリアが退院となれば、次回の…最終日のステージには、当然彼女が立つだろうな。…君はコーラスに逆戻りだ…」
「…快人さん…何が言いたいの?!」
「…例えば…だ」
快人は茜の質問に答えず、話を続けた。
「マリアがずっと、入院していれば、君は今のまま…つまり…」
「マリアさん、マリアさん、すいません…」
快人が話そうとした時、楽屋のドアがノックされ、スタッフが入ってきた。…話はここで中断されてしまった。
「な…何?どうしたの?」
「今、マリアさんの友人で立川麻美という人が来てまして…どうしましょうか?」
「(マリアさんがここへ?!私と入れ替わったのがばれたらどうする気なのかしら…とにかく…)その人は確かに私の友達よ。ここに通してくれる?」
立川麻美はマリアの本名。スタッフはすぐにマリアを…立川麻美を連れてきて、楽屋を後にした。
「茜ちゃん、お久しぶり!」
マリアは茶色かった髪を黒く染め、ノーメイクにサングラスをかけていた。…なるほどこれなら分からない…さっきのスタッフも、全く気付かずにマリアを連れてきた。
「お久しぶりです、マリアさん。退院されたんですね…」
「そうなの!…入院生活って退屈だったわ〜。ようやく今日から自由になれると思うと、本当にホッとするわ。いてもたってもいられなくなって、茜ちゃんのライブ、見に来ちゃったの!今まで代わりを務めてくれて、本当にありがとう!」
久々に聞いたマリアの声は、やはり明るい。以前はこの明るさに色々救われた茜だが…今は逆に彼女に対し、どう接すればいいか、迷いが生じていた。それは、心の奥でまだ、マリアのままでいたいという願望があったから…
「…どうしてここに来たんですか?」
刺々しい言葉がするり、と口から出てしまう。普通ならばもっと、マリアを労るべきなのに…
「?どういうこと?替え玉がばれやしないかってこと?」
「…まぁ…そうです」茜はうつむきながら答えた。そこへ、心境の変化に敏感なマリアがすかさず
「…茜ちゃん、それだけじゃないんじゃない?…言いたいことがあるなら、言うべきよ」
茜は暫く躊躇していたが、
「…やめられないんです…」
と小さく囁いた。
「私、マリアさんの代わりをやって、大勢の人から声援をもらうこと…熱狂させることを心底楽しみました…それを止めたくないんです。私はまだ…このままでいたいの!」
茜の心の声が、楽屋を震わせた。
「…茜ちゃん…あなたが私の代わりを務めてくれたことには本当に感謝しているし、それでなお、全てのライブを成功させたことに、あなたの力を感じているわ。…でも…今の話は違うと思う…きつい言い方かもしれないけど、あなたがやったことは私の代わりだけなの。…その中で、歌う楽しみ・声援を貰う楽しみを見つけたなら…それは自分自身で1からやるべきよ。…私の代わりにライブを盛り上げてきたんでしょう?…だったら、絶対に上手くいくわ。だから…」
「…マリアさん…そろそろ時間だから、私…行かないと…」
マリアの話を遮るように、茜は楽屋を出ていった。
「ちょっと茜ちゃん!…」
茜も、マリアの話は理屈では理解している。だが…どうしても、今の立場を手放したくないという『魔物』が、茜の心を掴んで離さない。
マリアを置いて、茜はステージに急いだ。
「…さっきの言葉が、君の本心かい?茜君…」
その途中、快人が聞いてきた。
「…だったら何なの?」
茜ももはや、開き直っていた。快人も笑って
「…なぁ茜君、マネージャーの役割って知ってるかい。…君のやりたい事、望んでいる事を形にするのも、仕事の一つなんだぜ…」
「?!ちょっと快人さん、何を考えているの?!」
「…僕のことは気にするな。さぁ時間だぞ、行ってこい!」
無理やり背中を押され、ステージ裏に送り込まれた茜。その心には、快人の言葉が強く残っていた…
(…快人さん…何をする気だろう…)
考えている暇もなく、ライブは開演時間を迎えた…
『あんなに一緒だったのに 夕暮れはもう違う色…』
この日最後の曲『ふたり』を歌い終え、楽屋に戻った茜。この日のライブも大盛況。だが、快人の台詞が気になっている茜の心は晴れない。
…楽屋に戻っても快人の姿はない。
「どこへ行ったんだろう…」
不安を募らせる茜の元に、一本の電話が入った。
「…社長からだ…何だろう?」
「もしもし、茜君か?お疲れのところ悪いんだが、実は…」
「えぇっ?!マリアさんが…?!」
…事態は風雲急を告げていく…
-続く-
最終回まであと3回!次回最終章・清算される過去…編その1『謎〜あなたに逢いたくて〜』は9月9日更新予定です!
「ここまで上手くやれるとは…驚いたよ!」
楽屋に戻った茜を、日野と快人の労いの言葉が祝福する。
「しゃ…社長…快人さん…ありがとうございます。私も本番中、すごいドキドキだったんですよ〜…ばれちゃうんじゃないかって。…でも、何とかやりきりました」
謙遜しながらも、茜の表情は明るい。
「…まず始めの一歩はクリアですね」
快人もホッとした表情を見せた。
「ああ。だが、まだライブは1ヶ月残っている。頑張っていこう」
順調なスタートで、茜ライブは幕を開けた。名古屋の次は大阪、そして四国と、茜は快調に日程をこなしていった。
ライブを終える度、快人は
「お疲れ様、茜君…どうだった?今日のステージは…」
と感想を求めた。
「疲れましたよ〜常にばれないようにばれないようにやってますからね…」
「…楽しくはないのかい?」
と聞くと、茜は笑って
「…当然、やりがいはありますよ!楽しいです」
こう答えた。
ライブを始めた当初は、こんなやりとりだった会話が、
「…茜君、今日のライブはどうだった?」
「最高でした!なんかこう…お客さんと一体感があったっていうか…凄い充実してました!」
満面の笑顔の茜。しかしこの時、茜はもう『魔物』に取り憑かれていた。
マリアに成り代わった自分。そこに贈られる、観客からの盛大な拍手。それを貰い続けるにつれ、いつしか茜は境遇に酔いしれた。
観客からの拍手は、自分ではなくマリアへ、今まで彼女が積み上げてきた功績があってこそ贈られているのに…完全に茜は思い上がってしまっていた。
当初は、ライブが終わる毎にマリアにしていた報告の電話もしなくなる程に…
「そうか…お疲れ様」
それを待っていた快人は心底笑って茜を労った。
(ツアー終了まで残り10日…大分仕上がってきたな…あとは…マリアの退院がいつになるか…だな…)
快人の思い描いたシナリオは、少しずつ現実味を帯びていく…
時は変わって12月20日。マリアの全国ツアーも、この日の横浜アリーナでの1回、24日武道館での1回計2回を残すのみとなった。
「…茜君、いよいよこのツアーも残り少なくなってきたね…」
ライブ前、茜と快人は楽屋で打ち合わせをしていた。
「そうですね…」
「…マリアは今日、退院できるそうだ」
「!…そうなんですか…」
マリアのことを告げた瞬間、茜の顔つきが変わったのを、快人は見逃さなかった。すかさずそこへ、畳み掛ける。
「どうかな、茜君?この1ヶ月は…」
「…とても…充実してました。ステージでメインを張れるってことが、こんなに楽しいなんて、想像以上でした」
「…それが…だ。今日マリアが退院となれば、次回の…最終日のステージには、当然彼女が立つだろうな。…君はコーラスに逆戻りだ…」
「…快人さん…何が言いたいの?!」
「…例えば…だ」
快人は茜の質問に答えず、話を続けた。
「マリアがずっと、入院していれば、君は今のまま…つまり…」
「マリアさん、マリアさん、すいません…」
快人が話そうとした時、楽屋のドアがノックされ、スタッフが入ってきた。…話はここで中断されてしまった。
「な…何?どうしたの?」
「今、マリアさんの友人で立川麻美という人が来てまして…どうしましょうか?」
「(マリアさんがここへ?!私と入れ替わったのがばれたらどうする気なのかしら…とにかく…)その人は確かに私の友達よ。ここに通してくれる?」
立川麻美はマリアの本名。スタッフはすぐにマリアを…立川麻美を連れてきて、楽屋を後にした。
「茜ちゃん、お久しぶり!」
マリアは茶色かった髪を黒く染め、ノーメイクにサングラスをかけていた。…なるほどこれなら分からない…さっきのスタッフも、全く気付かずにマリアを連れてきた。
「お久しぶりです、マリアさん。退院されたんですね…」
「そうなの!…入院生活って退屈だったわ〜。ようやく今日から自由になれると思うと、本当にホッとするわ。いてもたってもいられなくなって、茜ちゃんのライブ、見に来ちゃったの!今まで代わりを務めてくれて、本当にありがとう!」
久々に聞いたマリアの声は、やはり明るい。以前はこの明るさに色々救われた茜だが…今は逆に彼女に対し、どう接すればいいか、迷いが生じていた。それは、心の奥でまだ、マリアのままでいたいという願望があったから…
「…どうしてここに来たんですか?」
刺々しい言葉がするり、と口から出てしまう。普通ならばもっと、マリアを労るべきなのに…
「?どういうこと?替え玉がばれやしないかってこと?」
「…まぁ…そうです」茜はうつむきながら答えた。そこへ、心境の変化に敏感なマリアがすかさず
「…茜ちゃん、それだけじゃないんじゃない?…言いたいことがあるなら、言うべきよ」
茜は暫く躊躇していたが、
「…やめられないんです…」
と小さく囁いた。
「私、マリアさんの代わりをやって、大勢の人から声援をもらうこと…熱狂させることを心底楽しみました…それを止めたくないんです。私はまだ…このままでいたいの!」
茜の心の声が、楽屋を震わせた。
「…茜ちゃん…あなたが私の代わりを務めてくれたことには本当に感謝しているし、それでなお、全てのライブを成功させたことに、あなたの力を感じているわ。…でも…今の話は違うと思う…きつい言い方かもしれないけど、あなたがやったことは私の代わりだけなの。…その中で、歌う楽しみ・声援を貰う楽しみを見つけたなら…それは自分自身で1からやるべきよ。…私の代わりにライブを盛り上げてきたんでしょう?…だったら、絶対に上手くいくわ。だから…」
「…マリアさん…そろそろ時間だから、私…行かないと…」
マリアの話を遮るように、茜は楽屋を出ていった。
「ちょっと茜ちゃん!…」
茜も、マリアの話は理屈では理解している。だが…どうしても、今の立場を手放したくないという『魔物』が、茜の心を掴んで離さない。
マリアを置いて、茜はステージに急いだ。
「…さっきの言葉が、君の本心かい?茜君…」
その途中、快人が聞いてきた。
「…だったら何なの?」
茜ももはや、開き直っていた。快人も笑って
「…なぁ茜君、マネージャーの役割って知ってるかい。…君のやりたい事、望んでいる事を形にするのも、仕事の一つなんだぜ…」
「?!ちょっと快人さん、何を考えているの?!」
「…僕のことは気にするな。さぁ時間だぞ、行ってこい!」
無理やり背中を押され、ステージ裏に送り込まれた茜。その心には、快人の言葉が強く残っていた…
(…快人さん…何をする気だろう…)
考えている暇もなく、ライブは開演時間を迎えた…
『あんなに一緒だったのに 夕暮れはもう違う色…』
この日最後の曲『ふたり』を歌い終え、楽屋に戻った茜。この日のライブも大盛況。だが、快人の台詞が気になっている茜の心は晴れない。
…楽屋に戻っても快人の姿はない。
「どこへ行ったんだろう…」
不安を募らせる茜の元に、一本の電話が入った。
「…社長からだ…何だろう?」
「もしもし、茜君か?お疲れのところ悪いんだが、実は…」
「えぇっ?!マリアさんが…?!」
…事態は風雲急を告げていく…
-続く-
最終回まであと3回!次回最終章・清算される過去…編その1『謎〜あなたに逢いたくて〜』は9月9日更新予定です!
Posted by ヤギシリン。 at 19:28│Comments(0)