2007年09月18日
連載小説『東京堕天使〜マリアと下僕たち〜』
最終回『one day〜さよなら大好きな人〜』
『追いかけても 追いかけても 逃げて行く 月のように…』
2013年3月。マリアが負傷してから7年が経っていた。
あの事件を機に茜は芸能界を引退。東京を引き払い、故郷宮崎に戻った。
マリアは事件から半年後、無事に復帰。7年経った今でも歌いつづけて、昔程ではないものの、相変わらず高い人気を保っていた。今日もテレビやネット等、あらゆるメディアから彼女の歌声が聞こえてくる。
茜も自宅の一室で横になりながら、マリアの新曲『Moon light drive』を聞いていた。
『追いかけても 追いかけても 逃げて行く 月のように…』
2013年3月。マリアが負傷してから7年が経っていた。
あの事件を機に茜は芸能界を引退。東京を引き払い、故郷宮崎に戻った。
マリアは事件から半年後、無事に復帰。7年経った今でも歌いつづけて、昔程ではないものの、相変わらず高い人気を保っていた。今日もテレビやネット等、あらゆるメディアから彼女の歌声が聞こえてくる。
茜も自宅の一室で横になりながら、マリアの新曲『Moon light drive』を聞いていた。
「やっぱりマリアさんの曲はいいなぁ…」
茜は心からマリアを尊敬していた。売れ出すとすぐに『魔物』が棲み付く芸能界にあって、決して驕らず、自分に厳しいスタイルを崩さない。
かつてマリアに成り変わった時、『魔物』に取り憑かれたことのある茜だからこそ、マリアのその偉大さがよく分かる。
「…あれから7年か…宮崎に戻る前に挨拶に行ったきり、会ってないなぁ。メールとかはしてるけど…マリアさん、元気かなぁ………っと。もう12時か。そろそろ行かなきゃ…」茜はすっと起き上がり、何やら身仕度をして部屋を出た。
2013年3月1日の今日は、暢也が宮崎に戻ってくる日だった。
彼は事件後、裁判により懲役7年の実刑判決を受け、ようやく先月出所が認められた。本来であればもっと長い刑期であったのだが、暢也の精神状態を考慮して情状酌量の余地あり、との判断で7年となった。
その暢也から先日手紙が来た。
『拝啓 鹿島田茜様。お久しぶり。刑務所に入る前は面会に来てくれてありがとう…とても嬉しかった。僕はもうすぐ刑期を終え、出所できるようだ。…茜は面会した時、故郷に帰ろうと言っていたね。だけど僕はもう、故郷に帰れるような人間じゃない。…でも…やり残したことがある。君に、イルカを見せるといってまだ見せたことがなかった。それを果たそう。3月1日、15時に日南港に来てほしい。ここなら、都城からもちょっと離れているしな。
最後まで身勝手な男かもしれないが…是非来てほしい。待っています。宿河原暢也』
(ようやく戻ってくるんだ…会ったら何を言おう…)
茜は家を出て日南港に向かった。
2時間後―日南港へ到着し、暢也の指定した場所へと急いだ。
「!…ノブ…?」
指定された場所には小さな船が一台、そしてその前には、なんとも懐かしい顔の男が立っていた。
「茜…久しぶり!」
二人は駆け寄って、手を握りしめた。
「ノブ…痩せたね…元気?」
「ん…元気っちゃあ元気だが…何せ今まで刑務所にいたからなぁ…茜こそ元気だった?」
「…うん。ノブのいない間、色々あったけど元気だよ。…ところでこの船は?」
「ああこれか…これは、昨日こっちに戻って来て、チャーターしたんだ。イルカを見せるって約束だろ?」
「へぇ、準備がいいのね。私が来なかったらどうするつもりだったの?」
「そんなことは考えてなかったさ。信じてたから」
「…向こう見ずな性格は治ってないね…」
「まま、いいから早く乗って乗って!」
茜を乗せて、船は暢也の操縦で港を離れた。
段々とスピードが上がってくるに連れ、陸が遠くなって行く。風も春の気候を帯びて、とても心地良いものになっている。
「風が気持ちいいわー!…それにしてもノブ、操縦うまいね」
「言ったろ?漁師の家系だって」
「そういってたね…」
「………茜」
暢也の声が急に真剣になった。
「…何?」
「…昔を思い出すな。東京に出たばかりの頃、初めて井の頭公園に行ってボートに乗って…」
「ふふっ、ノブ、汗だくになって漕いでたよね。代わるよって言ったのに、意地でも変わらなかったよね。…懐かしいなぁ…」
「…あの時は…良かったな。楽しかった…」
「…うん…そうだね…」
しばらく二人とも何も喋らなくなり、波の音・風の音・船の音だけが聞こえていた。
しばらくして…
「…茜…」
「…ん…?」
「…ごめん…今まで…」
「………」
「今回戻って来たのは茜、心底君に謝りたかったんだ。俺が曜子と一緒に家を出た時、本当に寂しい思いをさせてしまったんだと思って…今になって…いや、曜子に捨てられた時になって分かったんだ。信じてたものに裏切られる辛さが…だから…」
「…もういいよ」
暢也の言葉を遮るように、茜は言った。
「元はといえば宮崎に戻ろうって言ったのは私だし、あなたは来てくれた。それに…曜子さんの件に関しても、あなたは充分に罰を受け改心してくれた。…それでいいじゃない」「…茜…」
船は更に沖を目指して進んだ。やがて…
「!ノブ、あそこ見て!」
茜が船の右側を指した。そこには何と、船に並ぶように、ジャンプしながら泳ぐイルカの群れが見えた。
「イルカだ!5頭はいるな」
「凄い…本当にいるんだ…」
茜は目を輝かせながら群れを見ていた。
30分程船と平行して泳いでいたイルカは、いつしかまた海のどこかへと消えて行った。
「どうだった?茜。本当にいただろ?」
「うん!感動的だったわ…」
目的を果たした船は帰路に着き、港へと到着した。
「ノブ、今日はありがとう」
「どういたしまして」
「…ねぇノブ、これからどうするの?宮崎に腰を据えるの?」
暢也は少し考えて、
「…いや…それは出来ないよ。俺は啖呵を切って故郷を出たんだ。それが…失敗して逮捕までされたなんて、両親に合わせる顔がない。…東京で再起の道を考えるよ」
「…そう…12年前、あなたが東京へ行くって言った時、私も無理矢理両親を説得して一緒に上京したっけ…」
「…茜…」
二人は船を降り、顔を見合わせた。言葉はない。そのまま、長い時間が過ぎた。やがて…
「…あの時のあなたは…そう…誰よりも格好良かった…夢があって…情熱があって…信じてるものがあって…」
「…茜?」
茜はそっと暢也を抱き寄せた。
「…好きだった…大好きだったのに…この7年の間も待っていたかったのに…!」
「………」
「あなたのしたことは…重すぎたの…許すことは出来ても…再び同じ関係には戻れないわ…」
暢也はそっと茜の腕を自分の体から外した。その時…茜の右手薬指にはまっているリングに目が行った。
「…結婚したんだね」
「いつの間にか31だもの」
「歳食ったもんだ」
「お互いにね」
二人はまた顔を見合わせて笑った。
「…ノブ…楽しいね」
「…そうだね。昔みたいだ…バカなこと言って、笑って…」
「…あの時には…もう戻れないんだね…」 暢也は何も言わなかった。ただ時計を見て、
「そろそろ行かなくちゃ」
「もう行くの?」
「ああ。もうすぐ6時になる。君だって家庭があるだろう?」
「そうね」
「それじゃあ元気で」
二人は最後にまた、しっかりと抱き合った。「ノブ…元気でね」
「茜も…体に気をつけて」
暢也は茜の元を離れ、ゆっくりと歩きだした。茜はその後ろ姿を見送っていた。
東京へ行くと言った暢也。それを見送る茜。シュチエーションは12年前と全く同じ…あの時は…茜が思い切って『私も一緒に行く!』と言って後を追いかけた。
…今回は…
「ノブ!」
茜の声に振り返る暢也。
「寂しくなったら…いつでも戻ってくるんだぞー!…待ってるから!」
大きく手を振って暢也はそれに応えた。茜は暢也の姿が見えなくなるまで、立っていた。ずっと…ずっと…
-END-
2ヶ月半に渡る長編でしたが、最後まで読んで頂いてありがとうございましたm(_ _)m
作品に対する感想・リクエスト等あれば、どんどん聞かせて下さい!次回作は10月から始めたいと思っています。またよろしくお願いしますo(^-^)o
茜は心からマリアを尊敬していた。売れ出すとすぐに『魔物』が棲み付く芸能界にあって、決して驕らず、自分に厳しいスタイルを崩さない。
かつてマリアに成り変わった時、『魔物』に取り憑かれたことのある茜だからこそ、マリアのその偉大さがよく分かる。
「…あれから7年か…宮崎に戻る前に挨拶に行ったきり、会ってないなぁ。メールとかはしてるけど…マリアさん、元気かなぁ………っと。もう12時か。そろそろ行かなきゃ…」茜はすっと起き上がり、何やら身仕度をして部屋を出た。
2013年3月1日の今日は、暢也が宮崎に戻ってくる日だった。
彼は事件後、裁判により懲役7年の実刑判決を受け、ようやく先月出所が認められた。本来であればもっと長い刑期であったのだが、暢也の精神状態を考慮して情状酌量の余地あり、との判断で7年となった。
その暢也から先日手紙が来た。
『拝啓 鹿島田茜様。お久しぶり。刑務所に入る前は面会に来てくれてありがとう…とても嬉しかった。僕はもうすぐ刑期を終え、出所できるようだ。…茜は面会した時、故郷に帰ろうと言っていたね。だけど僕はもう、故郷に帰れるような人間じゃない。…でも…やり残したことがある。君に、イルカを見せるといってまだ見せたことがなかった。それを果たそう。3月1日、15時に日南港に来てほしい。ここなら、都城からもちょっと離れているしな。
最後まで身勝手な男かもしれないが…是非来てほしい。待っています。宿河原暢也』
(ようやく戻ってくるんだ…会ったら何を言おう…)
茜は家を出て日南港に向かった。
2時間後―日南港へ到着し、暢也の指定した場所へと急いだ。
「!…ノブ…?」
指定された場所には小さな船が一台、そしてその前には、なんとも懐かしい顔の男が立っていた。
「茜…久しぶり!」
二人は駆け寄って、手を握りしめた。
「ノブ…痩せたね…元気?」
「ん…元気っちゃあ元気だが…何せ今まで刑務所にいたからなぁ…茜こそ元気だった?」
「…うん。ノブのいない間、色々あったけど元気だよ。…ところでこの船は?」
「ああこれか…これは、昨日こっちに戻って来て、チャーターしたんだ。イルカを見せるって約束だろ?」
「へぇ、準備がいいのね。私が来なかったらどうするつもりだったの?」
「そんなことは考えてなかったさ。信じてたから」
「…向こう見ずな性格は治ってないね…」
「まま、いいから早く乗って乗って!」
茜を乗せて、船は暢也の操縦で港を離れた。
段々とスピードが上がってくるに連れ、陸が遠くなって行く。風も春の気候を帯びて、とても心地良いものになっている。
「風が気持ちいいわー!…それにしてもノブ、操縦うまいね」
「言ったろ?漁師の家系だって」
「そういってたね…」
「………茜」
暢也の声が急に真剣になった。
「…何?」
「…昔を思い出すな。東京に出たばかりの頃、初めて井の頭公園に行ってボートに乗って…」
「ふふっ、ノブ、汗だくになって漕いでたよね。代わるよって言ったのに、意地でも変わらなかったよね。…懐かしいなぁ…」
「…あの時は…良かったな。楽しかった…」
「…うん…そうだね…」
しばらく二人とも何も喋らなくなり、波の音・風の音・船の音だけが聞こえていた。
しばらくして…
「…茜…」
「…ん…?」
「…ごめん…今まで…」
「………」
「今回戻って来たのは茜、心底君に謝りたかったんだ。俺が曜子と一緒に家を出た時、本当に寂しい思いをさせてしまったんだと思って…今になって…いや、曜子に捨てられた時になって分かったんだ。信じてたものに裏切られる辛さが…だから…」
「…もういいよ」
暢也の言葉を遮るように、茜は言った。
「元はといえば宮崎に戻ろうって言ったのは私だし、あなたは来てくれた。それに…曜子さんの件に関しても、あなたは充分に罰を受け改心してくれた。…それでいいじゃない」「…茜…」
船は更に沖を目指して進んだ。やがて…
「!ノブ、あそこ見て!」
茜が船の右側を指した。そこには何と、船に並ぶように、ジャンプしながら泳ぐイルカの群れが見えた。
「イルカだ!5頭はいるな」
「凄い…本当にいるんだ…」
茜は目を輝かせながら群れを見ていた。
30分程船と平行して泳いでいたイルカは、いつしかまた海のどこかへと消えて行った。
「どうだった?茜。本当にいただろ?」
「うん!感動的だったわ…」
目的を果たした船は帰路に着き、港へと到着した。
「ノブ、今日はありがとう」
「どういたしまして」
「…ねぇノブ、これからどうするの?宮崎に腰を据えるの?」
暢也は少し考えて、
「…いや…それは出来ないよ。俺は啖呵を切って故郷を出たんだ。それが…失敗して逮捕までされたなんて、両親に合わせる顔がない。…東京で再起の道を考えるよ」
「…そう…12年前、あなたが東京へ行くって言った時、私も無理矢理両親を説得して一緒に上京したっけ…」
「…茜…」
二人は船を降り、顔を見合わせた。言葉はない。そのまま、長い時間が過ぎた。やがて…
「…あの時のあなたは…そう…誰よりも格好良かった…夢があって…情熱があって…信じてるものがあって…」
「…茜?」
茜はそっと暢也を抱き寄せた。
「…好きだった…大好きだったのに…この7年の間も待っていたかったのに…!」
「………」
「あなたのしたことは…重すぎたの…許すことは出来ても…再び同じ関係には戻れないわ…」
暢也はそっと茜の腕を自分の体から外した。その時…茜の右手薬指にはまっているリングに目が行った。
「…結婚したんだね」
「いつの間にか31だもの」
「歳食ったもんだ」
「お互いにね」
二人はまた顔を見合わせて笑った。
「…ノブ…楽しいね」
「…そうだね。昔みたいだ…バカなこと言って、笑って…」
「…あの時には…もう戻れないんだね…」 暢也は何も言わなかった。ただ時計を見て、
「そろそろ行かなくちゃ」
「もう行くの?」
「ああ。もうすぐ6時になる。君だって家庭があるだろう?」
「そうね」
「それじゃあ元気で」
二人は最後にまた、しっかりと抱き合った。「ノブ…元気でね」
「茜も…体に気をつけて」
暢也は茜の元を離れ、ゆっくりと歩きだした。茜はその後ろ姿を見送っていた。
東京へ行くと言った暢也。それを見送る茜。シュチエーションは12年前と全く同じ…あの時は…茜が思い切って『私も一緒に行く!』と言って後を追いかけた。
…今回は…
「ノブ!」
茜の声に振り返る暢也。
「寂しくなったら…いつでも戻ってくるんだぞー!…待ってるから!」
大きく手を振って暢也はそれに応えた。茜は暢也の姿が見えなくなるまで、立っていた。ずっと…ずっと…
-END-
2ヶ月半に渡る長編でしたが、最後まで読んで頂いてありがとうございましたm(_ _)m
作品に対する感想・リクエスト等あれば、どんどん聞かせて下さい!次回作は10月から始めたいと思っています。またよろしくお願いしますo(^-^)o
Posted by ヤギシリン。 at 01:33│Comments(0)