2007年02月13日

ブログ小説『彼女が微笑む時』

☆第五話☆
愚か者への挽歌編・前編
綾瀬遥の不思議なチカラ

「都子を治す方法を知っている?」
2006年12月25日の夕暮れ、『話したいことがある』と涼を半ば強制的に連れ込んだドトールの一席で、遥は真顔で言った。
『私は、都子先輩を元に戻す方法を知っている』と…
危篤状態にあり、未だ意識の回復しない都子を…涼は思わず失笑してしまった。
「何がおかしいんですか?」
でも、遥は大真面目のようだ。
「だってさぁ、都子は今、医者もサジを投げるような危篤状態なんだぜ。それをハルがどうしたら治せるっていうんだい」
さっきまで都子の手を握って泣いていたのもどこ吹く風、涼は嘲笑うように言った。

「真面目に聞いて下さいよ!涼先輩は都子先輩を助けたいと思わないんですか?」
遥があまりに真剣に言うので、涼も向き直って表情を改めた。
「悪かったよ、ハル」「先輩、それじゃあ…」
「君が俺を慰めてくれようとする、その気持ちは充分伝わったよ。ありがとう」
だからもういいだろと言わんばかりに席を立った。
「じゃあまた。講義は今日で終わりだから、また来年…」
「先輩…」
突き放された遥は、涼が店を出ていくのを不満そうに見送った。

明けて、2007年1月。年は明けても涼の心は晴れなかった。
というのも、都子の容態が一向に回復しないのだ。それでも涼は、毎日病院に足を運んだ。いつか、都子が元気になることを信じて…
「…可哀想に、猫が死んでいる。交通事故に遭ったんだろうな」
1月10日。この日から再び大学の講義が始まる。涼は午後からの講義だったので、病院に立ち寄ってから大学へ行こうと考えた。その途中、病院のある東神奈川の駅前で猫の死骸を見つけた。
(都子の見舞いの前に死骸なんて…縁起が悪いな)
涼は何か嫌な予感を感じながら病院へ向かった。

「都子…ようやく傷は治ったみたいだね」
この日、都子の外傷は完治したようで、包帯は全て外された。涼の目の前には、いつもの都子が眠っている。涼は少しほっとした。
「声をかけたら起きてきそうなのにな…」
だが、意識は未だに戻らない。そんな都子を見て、涼は『生きる』ことについて考えた。(都子は今、話すことも、歩くこともできないが、生きている。でもそれは、本当に生きていることになるのか?…違う。眠りながら、死ぬのを待ってるだけだ。そんなの…何のために生きてるか分からないじゃないか!…できることなら、助けてあげたい…俺が変わってあげたい…)
どうにかして助けたいと思っても、何も出来ない無力な自分に腹が立った。そんな時…

「唐木田さん、面会の方がお見えですが」
そう言って、看護婦が病室に入って来た。
「面会?誰ですか?」ひょっとしたら、都子の両親かな…と思ったが、それは意外な人物だった。
「綾瀬遥さんという方です」
「ハルが…?」
看護婦に案内され、遥が入ってきた。
「涼先輩、明けましておめでとうございます」
「あぁおめでとう。珍しいな…ハルが1人で都子の見舞いに来るなんて」
「えぇ実は、さっき電車の中で涼先輩を見かけて、きっとここに来るんだろうなと思って、私もお見舞いに来たんです」
ちらりと都子の方を見て、
「都子先輩、もう傷はほとんど治ったんですね。どこも悪くないみたいだけど…」
「あぁ…だけど意識がまだ戻らないんだ。医者も手を焼いているみたいでね…」
涼は力なく言った。そんな涼の様子を見て、遥は上目使いでささやいた。
「…涼先輩、私なら都子先輩の意識を治せますよ。去年も言いましたケド」
それを聞いた涼は、少しムッとして、
「ハル、気休めはいいんだよ。医者も治療出来ない病気を、医者でもない君が、どうやったら治せるって言うんだ?」
「…実証して見せますよ」
ちょっと待ってて下さいねと言い、遥は病室を出ていった。
実証?何を?どうやって?遥の言い分を全く信じていない涼は、苦笑しながら遥を待った。

「お待たせしました」数分後、遥が帰ってきた。彼女も何か、不敵な笑いを浮かべている。手には、何やら黒い袋を持っている。
「やぁお帰り。何処へ行ってたんだ?その袋は?」
遥が何をするのか、ニヤニヤしながら見ていた涼だが、袋の中身を見て、その笑いも凍りついた。
「!ハル…君は一体何を考えているんだ?!」
何と、袋から出されたのは、病院に行く途中に見た、猫の死骸だった。
「まぁ見ていて下さい。落ち着いて…」
遥は猫の死骸を膝の上に乗せ、ふぅっ…と優しく息を吹きかけた。すると…見る間に猫の傷口が塞がっていく。やがて猫は全快した。そして何事もなかったかのように起き上がり、すたすたと病室を出て行ってしまった。
(生き返った?猫が?何で?)
涼は目の前で起こった出来事を呆然と見ていた。それは本当のことなのか?夢じゃないのか?その区別もつかない程に、混乱してしまった。
「どうです、涼先輩。このように都子先輩の意識も回復させることが出来ますよ」
遥は不敵に笑った。
「ハル…君は一体何者なんだ?何故こんな…」
死んだものを再び呼び戻す…遥の力に驚く以前に、涼は恐怖した。そしてまだ、疑心暗鬼だった。
「そんなことはどうでもいいんですよ。大事なことは、私に都子先輩を治せる力があるということ。…その顔は、まだ信じていませんね?これは夢なんじゃないかと…」
それならばと、遥は都子に近づき、猫を生き返らせたように、優しく息を吹きかけた。

すると…
「………う…ぅ…ん」都子の口から、微かに声が聞こえる。
「!…まさか…」
涼は急いで駆け寄ろうとしたが
「お待ちなさい」
と、遥がそれを制した。
「ハル!何で止めるんだ!都子は治ったんだろう?それなら…」
最初は遥を恐れ、疑っていた涼だが、都子が復調の兆しを見せた途端、もういても立ってもいられなくなった。そんな涼をなだめ、遥は優しく言った。
「涼先輩、落ち着いて下さい。都子先輩は完全に意識が戻ったわけではありません。猫と違って人間は精神構造が複雑ですから…」
「ではどうすれば…」涼は息を飲んで遥の言葉を待った。
「涼先輩…そのためにはあなたの協力が必要です」
「俺の…?俺は一体何をすればいい」
遥はニヤリと笑い、
「涼先輩…人間の蘇生は人間の命を以って完成させます。しかもそのための命は、蘇生者と親しい人でなければなりません。つまり」遥は最後まで言わなかった。もちろん、涼も馬鹿ではないので、結論は分かっていた。
「俺の…か」
涼は悩んだ。都子を治したいのはもちろんだが、果たしてそれで都子は喜ぶのだろうか…都子が目を覚ました時、自分が死んでいたら、逆に悲しませることになるのではないか…と。
「ハル…俺が命を差し出したら、本当に都子は回復するのか?」
「もちろんです。…涼先輩、何を悩んでいるんですか?先輩は、都子先輩のことが好きではないんですか?」
「もちろん好きさ、愛してる」
「ではもう答えは出ているじゃないですか。好きな人のため、愛している人のために命をかける。愛に殉ずる。人として、これほど立派な死に様はないじゃないですか」
遥の言葉が涼の心を突き刺し、決意を促した。
「…そうだな。ハルの言う通りだ。それに俺は、都子と出会う前、1人の女性と子供を不本意な死に方をさせてしまったことがある。その罪滅ぼしのためにも、この命は都子に預けるよ。…さぁハル、やってくれ。どうすればいい?」
ハルは再び不敵に笑い、涼の手をとった。
「では………」
(都子…さよなら…結局、ごめんて言えなかったな…)
涼は遥に身を委ね、都子の幸せを願いながら眠りについた。
この時、遥の本性が動き出し、涼の欲望の力が新たな展開を生んでいく…
〜第六話に続く〜
☆★作品に対する感想等々、意見があったらどんどん送って下さいまし。よろしくですm(__)m☆★


Posted by ヤギシリン。 at 22:14│Comments(0)
 
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