2007年02月13日

ブログ小説2

『今宵彼女は夢を見る』後編・ピーターパンとオルゴール


「う…ぅ…ん」
気がつくと、明日香はコタツで眠っていた。寒さで目が覚め、重い瞼を開けた。枕代わりにした座布団の横には、沙由里から貰ったあのオルゴールがあった。
「…?あれ?…ここは…?」
体を起こして周りを見回した。いつもと何かが違う。部屋の雰囲気、家具の配置…違和感を感じたが、何か懐かしくもあった。
(それに、部屋が凄く散らかっている…朝出て行く時は綺麗だったのに。私…どうしたんだろう?確か、家に帰ってそれから…あの沙由里って人から貰ったオルゴールを開けて…)
戸惑っていると、部屋のドアが開いて、誰かが入ってきた。
「あ、明日香起きたんだ。おはよー。またシャワー借りてたよ」
「?!京子?」
そこに現れたのは、2年前、大学卒業と同時に実家の名古屋に帰ったはずの同級生・池上京子だった。
「京子…実家に戻ったんじゃなかったの?」「?何言ってんの、明日香?昨日は二人で、このあなたの家で飲んだじゃない。…飲み過ぎ?」
名古屋に行ったはずの友人?昨日?飲んだ?会社は?ここは?
明日香はまず落ち着いて、状況を整理した。「ねぇねぇ京子、今は何年何月何日何曜日?」
「えぇ?(明日香…相当飲んだみたいね。まぁいっか)今日は、2002年の11月3日金曜日だよ」
「…で、ここは?住所は?」
「………ここはあなたの家、神奈川県川崎市多摩区管稲田堤の…詳しく番地とかは分からないけど、とにかくここは、あなたの家!…明日香、大丈夫?飲みすぎじゃない?」
地方へ行ったはずの友人、2002年11月という日付、そして昔一人暮らししていた稲田堤の家。明日香は改めてあのオルゴールの存在を思い出した。
「(…まさか本当に過去に戻れるなんて……でも…夢かもしれない。念には念を入れないと)ねぇ京子、ちょっと私のほっぺをツネってみてよ」
「ええっ?」
明日香は笑顔だが本気だった。そんな彼女に、京子は若干引いた。
「何言ってんの?明日香…本当に大丈夫?」「大丈夫だから!お願い!」
あまりに明日香がせがむので、京子も仕方なく、彼女の右頬をギュッとツネってあげた。「痛い…でも、何も起きない…夢から醒める感じもない。ということは、本当に過去に戻ったのね!」
ツネられたのにも関わらず、大喜びの明日香。京子は益々引いた。
(凄い…凄いわ、あのオルゴール。本当に過去に戻れるなんて…あぁ、幸せだわ…)
「あ…明日香ぁ、あなた昨日飲みすぎたんじゃない?…何か朝から変だよ」
「京子、私は大丈夫だよ!テンション高いのは、何ていうか…凄い嬉しい事があったからなの!(あぁ…これからまた、あの楽しかった学生時代を過ごす事が出来る…部活や飲みや合宿…考えただけでワクワクするわ!)
それからの明日香は、大学2年生として文字通り大学生活をスタートさせた。
その全てが、記憶の中にあるもの。一番楽しかった時代。若干、自分の知る過去と違う部分はあるものの、それもまた、新鮮な(というのは変かもしれないが)刺激として受け入れ、明日香は生活を楽しんだ。

しかし。いくら過去に戻ろうと、時間の定義は変わらない。楽しい時間ほど、早く流れて行く。
明日香は大学を卒業し、再び社会人となった。
(せっかく過去に戻ってやり直せたんだから、今度は違う仕事に就いてみよう…)
そう考えた明日香は、以前から興味のあった旅行業界を受験。『C.ツーリズム』という会社のツアーコンダクターとなっていた。
(これから、経験した事のない時間を迎えていく…しかも、憧れていたツアーコンダクターになれるなんて…本当に過去に戻れてよかったわ!)
新社会人明日香の胸は高鳴った。
しかし世の中、そんなに甘くはない。
旅行から帰って来てまたすぐ旅行。最初は楽しんでやっていたものの、半年もすると、体力的に辛さを覚えるようになっていた。それでいて、給料は安く、中々上がらない。入社して1年が経つ頃には、仕事に辟易していた。

そんなある日の日曜。明日香が部屋の掃除をしていると、押し入れの中から埃をかぶった小さな箱が出て来た。「!これは…」
それは、沙由里から貰ったオルゴールだった。過去に戻って以来、生活が楽しかったので忘れかけていたのだが、今再び日の目を見た。
「…もう一度…使えるのかな?」
今の生活に嫌気がさし始めていた明日香は、オルゴールと向き合った。
(これを使えば、もう一度過去に戻ってやり直しが出来る…)
しかし、沙由里はこんなことを言っていた。『多用してはだめよ』と。
(どうしよう…)
明日香は葛藤した。その果てに、
(沙由里さんは、私にモニターして欲しい、とも言っていたわ。なら、二度使ったらどうなるかも、調べておいても無駄ではないはず…)
こう考えた明日香は、思い切ってオルゴールを開けた…


「う……ん…はっ!」明日香は顔が撫でられる感覚を感じて、目を覚ました。
「シキ?」
目を開けると、愛猫のシキがベッドに乗って来て、明日香の顔をなめていた。
「…この時代は…?今までいた時代では、シキとは出会わなかったのに…」
部屋を見ても、稲田堤の部屋ではなく、和泉多摩川の、即ち明日香が本来いた時代の部屋だった。
「どういうこと?あのオルゴールを聞けば、過去に戻れるはずじゃ…ん?シキ、どうしたの?」
シキがしきりに明日香のズボンの裾を噛んで引っ張っている。
「お腹が空いたの?」キャットフードを用意したが、食べる気配がない。
やがてシキは玄関の前まで歩いて行き、ドアの前で鳴き出した。
「?誰かいるの?それとも外に出たいの?」明日香がドアを開けると、シキは素早く外へ出た。
「あっ、シキ!」
明日香もそれを追って、外に出た。
シキは、明日香が出て来たのを確認すると、ゆっくり歩き出した。どうやら、明日香をどこかへ案内したいらしい。
「シキ、どこへ行くの?」
外はどんより曇って、梅雨どきの様にじめじめしていた。
その天気も不気味だったが、もっと不自然なことがあった。何処にも、人がいないのである。明日香の住むアパートの近所は、住宅が密集していていつも人の流れは絶えない。それなのに今は、人の気配すらしない。
「何なの…ここは?シキは一体どこへ行こうとしてるんだろう?」気味悪さすら覚えながら、明日香はシキの後を追った。

やがてシキは、明日香のアパートから200メートル位の所の公園に入っていった。
公園に入ると、シキは急にスピードを上げた。
「あっ!シキ、待って!」
この公園は縦長で、まず広場があって、その奥に砂場、更に奥に滑り台と2台のブランコが並列して置かれている。
ブランコの右側に誰かが座っている。シキは、その人物の膝の上にちょこんと座った。
「!…あなたは…」
「ふふ、お久しぶりね、赤坂さん」
ブランコに座っていたのは、何と明日香にオルゴールを渡した高麗川沙由里だった。
「…赤坂さん…私の忠告を守れなかったようね。オルゴールを多用するなと言ったのに」沙由里は不敵な笑みを浮かべた。
「沙由里さん…これは一体どういうこと?ここはどこなの?」
「まぁ落ち着いて。まず、あのオルゴールは過去に戻れる逸品…それは体験したでしょう?」
明日香は深くうなずいた。
「でも、それは夢なの。過去に戻って、オルゴールを使った日に重なると、全てリセットされ、夢から醒める仕組みになっているの。過去に戻った、という感覚だけ残してね」
「そんな…じゃあここは何処なの?」
沙由里はニヤニヤしながら、
「ここはソドムといって、あなたの様に言いつけを守れなかった人の魂が来る空間よ」
「!私の他にも、オルゴールを多用した人がいるの?」
沙由里ははぁっ、と深く溜め息をついた。
「人間て欲深い生き物よねぇ。最初は楽しい過去に戻れるだけでいいって思うのに、いざ戻ると、今度は楽しむだけじゃなくて人生やり直したいなんて思うんだもの。一回戻るだけにしておけば、ただの夢で済んだのに」
「あ…あなたは一体何者なの?」
「死神?悪魔?魔女?何かしら…人間でないことは確かね。…さて、ルールを破ってオルゴールを多用したあなたに、お仕置きをしなきゃね」
沙由里はゆっくり立ち上がり、明日香に歩み寄った。
「わ、私をどうするつもりなの?」
沙由里は答えず、その代わりにニヤッと笑って言った。
「あのオルゴールの音色、聞いたでしょ?人の声みたいじゃなかった?…あれはね、あなたの様にルールを破った人達が歌っているのよ。魂をオルゴールの中に閉じ込められてね…」
「!…まさか…何する気?」
「いい声で歌ってね」沙由里は急に飛び上がり、後退りする明日香の首根っこを捕まえた。
「うっ…ぅ…」
段々と、明日香の目の前が暗くなっていく。その中で、沙由里の囁きが聞こえた。
「…過去に戻りたいなんてバカな事を…結局人は、前を向いて歩いて行くしかないのにねぇ」


時は2006年12月20日朝6時30分。お腹を空かせたシキは、明日香のベッドに飛び乗り、彼女の顔をなめた。
しかし、いつまで経っても起きる気配はない。いつもならすぐ起きるのに…
「ニャ…」
すると突然、玄関のドアが開いて、誰かが入ってきた。若い女性のようだった。
「ニャ?」
「猫は、無関係ですものね。飼い主の不徳とは」
そう言って、女性はシキを抱き上げようとした。
「っ痛!」
がシキが激しく抵抗し、彼女の手をひっかいた。
「何?この娘を守ってるつもりなの?夢の中では私に協力したのに…やっぱり、世の中は全て思い通りに行かないってことかしら。…なるほどね」
女性はシキを諦めて帰ろうとした。
「あ、これだけは返して頂くわ」
一旦引き返し、明日香の枕元に置いてあった小さな箱を持って部屋を出た。
「ニャ…」
その後、シキは明日香の枕元に座り、彼女が目覚めるのを待っていたという。


〜END〜
次回は『イエスタデイ・マグナム』をお送りします☆
意見・感想等どんどん送って下さい☆よろしくですm(__)m


Posted by ヤギシリン。 at 22:43│Comments(3)
この記事へのコメント
仕事が片付いたのでまた来ちゃいました~。
何だか「世にも奇妙な・・・」的なお話の数々で先が気になってしまって・・

ところで、このお話なんですけど、オルゴールを渡した人は1話目では倉敷沙由里と名乗ってたんだけど、この2話の公園に居たのは高麗川沙由里って名前になってますよね。名前を2つ持ってる意味がよく分からないんです。ソドムの世界の名前と現世の名前が違うってことですか?
Posted by まいこ at 2007年03月15日 16:17
いつも読んで頂いてありがとうございます。
嬉しいです。
で…まとめてお答えします。

『彼女が微笑む時』『今宵彼女は夢をみる』この二つの指摘いただいた部分。
これは…単なる誤植です!ゴメンナサイ…

推子じやなく都子、高麗川沙由里じゃなく倉敷沙由里ということです。

これからもよろしくお願いします。
Posted by 黒山羊さんからのお手紙 at 2007年03月15日 18:28
いつも答えていただいてありがとうございます!

あっ・・・そうだったんですね。深く考えすぎちゃいました(恥)
色んなブログ小説を検索で探して読んで回ってるんです。
私も小説を書くので色んな方の書き方を見て勉強したいなって思って・・。
そんな中でこちらの小説は、他と違って構成がちゃんとしていてストーリーに不自然さがないし、文章もキレイに流れてる。
私の個人的な都合であまり長い時間をかけて一気に読めないので少しずつ足を運ばせてもらっていますが、とても面白い!
先を読み進める読者の興味をそらさない文章構成がとても勉強になります。
Posted by まいこ at 2007年03月16日 12:29
 
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