2007年02月14日

ブログ小説3

『イエスタデイ・マグナム~揺れる天秤~』
前編・過去からの手紙

「はぁ…はぁ…捕まってたまるか!」
2001年11月。冷たい雨が降りしきる中、久が原俊は夜の新宿の路地を、傘もささずに駆け回っていた。
「どっちへ逃げた?」「!いたぞ、あそこだ!」
俊の後ろから、黒スーツの男が二人、追いすがって来た。
必死に逃げる俊。追いかける二人。両者の距離は次第に縮まってきた。
「くぅ…このままじゃ捕まっちまうぜ」
最初はただひたすら、真っ直ぐに走っていた俊だが、急に方向を変え、右側の細い道に入った。
そして、突き当たってすぐの場所にあったビルに駆け込んだ。
「!なんだあいつ…悪あがきしやがって」
「追うぞ!」
男二人もしっかりついて来た。
俊が入ったビルは、相当古いらしく、内装も汚く、人影もない。
入ってすぐ、目の前に階段があり、俊は一目散に登った。
一階…二階…三階…ひたすら登り続け、ビルの最上階・八階へ到達した。
八階は階段を出るとすぐ、吹きさらしの屋上になっている。この大雨で、フロアには水がたまっていた。
俊は観念したように屋上へ出て、男二人を待った。
「!追いついたぜ。走らせやがって」
「へっ、年貢の納め時だな!死にたく無かったら大人しく捕まりな!」
二人は俊に迫った。俊の後ろにはもう、俊と同じ位の鉄柵があるだけ…逃げ道はない。
「くっ!畜生!」
進退極まって、俊は懐に忍ばせてした短刀を手に、男二人に切りかかった。
「!こいつ…」
男の一人がとっさに銃を抜き、俊の右肩を撃ち抜いた。
その衝撃で俊の体は大きく後退し、勢い余って鉄柵の外へ…
「そっそんな!…うわあああっ!」
「!ここは八階…即死だな…くくっ」
落ちてゆく俊の体。その時間は永遠のように永く感じられ、身体中に恐怖が走った。
(いやだ…死にたくない!誰か…誰か助けてくれ!)


「…………俊、俊坊!しっかりして!起きて!」
「……はっ!」
誰かに揺すられるような感覚を覚え、俊は目を覚ました。
気が付くとそこは、広い部屋のベッドの上だった。
目の前には一人の女性…というより女の子が待っていた。
「蓮(れん)お嬢」
「俊坊、もう朝だよ」「悪い悪い。蓮を起こすのが役目なのに、いつも俺が起こされているな」
しっかりしてよと言いながら、蓮は俊を布団から引っ張り出した。そしてそのまま、朝食を食べるリビングまで連れて行った。

久が原俊、推定26歳。国会議員・久が原謙三の家に住み、彼の私営護衛チーム『壬生狼(みぶろ)』のリーダーを務めている。
彼は5年前―つまり2001年以前の記憶がない。というのも2001年11月ある日の朝、謙三が新宿の路地を歩いていた所、瀕死の重傷を負って倒れていた俊を発見。すぐに救急車を呼び一命をとりとめた。がしかし。彼は記憶のほとんどを失っていた。自分の名が俊という事以外、名字も歳も、そして何故瀕死で倒れていたのか…全く覚えていなかった。そんな俊に、謙三は救いの手をさしのべ、
『傷が治るまで、ゆっくりするといい。そして記憶が戻り、自分が誰で、何をしたいのか…それが分かるまで家にいて構わない』
と優しく声を掛けた。ところがこの久が原という男、黒い部分も多々あるようで、裏金やヤクザとのつながりなどの噂は絶えなかった。
けれど、久が原の言葉にひどく感動した俊は、『この恩は一生忘れない…あなたがどんな人であろうと、あなたのためにこの命を尽くす』こう誓い、色々狙われやすい久が原や娘の蓮の護衛を買って出た。彼は俊という名の他、過去培った武道の腕前は忘れていなかったので、自信はあった。
それからというもの、謙三と蓮が出掛ける時には必ず付き添い、文字通り家族ぐるみの付き合いとなった。
特に蓮は『俊坊』と呼んでよくなつき、ある時、
「俊坊はもう私達の家族だね!名前思い出せないなら、もう久が原俊にしちゃいなよ!」こんなことを言った。もちろん謙三も承諾し、俊は久が原を名乗るようになった。


「謙三さん、おはようございます」
俊は蓮に連れられ、謙三が朝食をとるリビングに入った。
「ああ、俊。おはよう。朝食が出来てるよ。こっちに座りな」
「失礼します」
納豆や鯵が並ぶテーブルに、俊は謙三と向かい合う形で座った。その右隣には蓮がいる。「…夢を見ました」
謙三は箸を止めた。
「…昔のかね?あの男二人に追われてという…」
「はい。けど…あの二人が誰で、何故追われているのか…一向に思い出だせません。…でも、あのビルから落ちた後に、謙三さんに助けて貰ったのは間違いないと思います」
「そうか…」
暫く、朝の食卓に沈黙が流れた。
やがて、
「…記憶が戻らないのは厄介なことだが」
謙三が口を開いた。
「君には本当に感謝しているよ。早くして母を亡くした蓮にとって君は、大切な存在になっているからな…」
蓮の母・つまり謙三の妻は蓮が5歳の時に病気で他界している。
その年の暮れ、俊は久が原家にやってきた。
「あれから5年、お嬢も10歳か。大きくなったなぁ」
俊はちらりと蓮を見た。蓮も俊の視線に気づくと、ニコッと笑顔を返す。俊は再び視線を謙三に戻し、
「ところで…最近、気になる情報が入って来たんです」
「ほう?一体どんな?」
俊はメモ用紙を懐から出し、謙三に手渡した。その内容は、
『5年前、謙三がマスコミに暴力団とのつながりを暴露され、(その時本当は付き合いがあったのだが)トカゲの尻尾にしてした暴力団『白虎隊』(謙三と抗争となるも敗れ壊滅)の残党が、再び集結して謙三を狙っている』というものだった。因みにこの『白虎隊』との抗争時、俊はまだ謙三と出会っていなかった。
「我々壬生狼も警戒を強めますが、謙三さんもお気をつけて」
「ああ分かった。肝に銘じておくよ」

朝食を終え、蓮を学校まで送るため、玄関で準備をしていた俊。ドアポストを確認していると、自分宛ての封筒があることに気付いた。
(一体…誰が?)
差出人は書いていない。俊はゆっくり封を開けた。
中には、B5の紙が一枚と、写真が一枚。俊はまず、写真を確かめた。
「?!これは?」
思わず大きな声を出してしまった。それもそのはず。写真に写っていたのは、見知らぬ男と肩を組む俊だった。驚いた俊は、一緒に入っていた手紙も読んでみた。
『これは、お前の昔の写真だ。6年程前のな。俺はお前の過去を知っている。これの真相が知りたかったら25日の朝10時、指定する場所に来い』
25日、つまりは明日。手紙の最後には指定の住所が書いてあった。「俺の過去を知っている…?一体誰なんだこいつは?」
過去を知る者からの手紙。それは、これから始まる激動の一週間の発端だった。
~中編に続く~
次回は『イエスタデイ・マグナム~揺れる天秤~』中編・再会をお送りします
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Posted by ヤギシリン。 at 12:35│Comments(0)
 
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