2007年02月14日

ブログ小説3

『イエスタデイ・マグナム~揺れる天秤~』
後編・対決~義という名のエゴ~


「兄ちゃん…お腹空いたよ…」
降り頻る雨の中。悠は幼い俊の手を引きながら、夜の新宿の街をさまよっていた。
「我慢しろよ、俊。俺だって腹減っているんだ。口に出すと余計に食べたくなるぞ」
悠達二人の父親は酷い男で、何か嫌なことがあると、その度に悠達を殴った。幼い二人に抵抗出来る力などあるはずもなく、ただひたすら耐える日々が続いていた。が、
『このままでは殺されてしまう』
危機感を覚えた悠は、ある日俊を連れて家を飛び出した。
『家を出たはいいけど、これからどうしよう…』
行くあてなどなかった。ただ父親から逃げたい。その一心で家を出た悠達だが、今度は飢えと寒さが二人を襲った。
『あぁ、この世に神様なんていないのかな…なんで俺達だけこんな目に遭うんだろう』
死にそうになり、希望を失った悠は世の中を、自分の運命を呪った。そんな時…
『…大丈夫か?寒そうだな』
と救いの手をさしのべたのが、蓮田大地だった。彼は白虎隊というヤクザのボスだったが、悠と俊を実の子供のように可愛がった。
『助けてくれたのは感謝してます…でも何で、僕らにこんな良くしてくれるんですか?』元気を取り戻した悠は、蓮田に聞いた。すると蓮田は笑って、
『困った時はお互い様だろう?それに…俺には子供がいないからな。それもあるんじゃないかな』
そういって、悠の頭を優しくなでた。
その言葉にひどく感動した悠は、
『この恩は一生忘れない…いつか必ず、あなたに恩返しをします』こう誓い、俊には
『いいか俊、大地さんは俺達兄弟の命の恩人だ。大地さんが困っていたら、必ず助けるんだぜ。いいな』
と言ってきかせた。
『うん、わかったよ兄ちゃん』
こうして兄弟は蓮田大地に尽くすことを決めた。悠12歳、俊8歳の時のことであった。

「だからこそ俺は、久が原が許せないんだ…ボスと手を組んでおきながら、用が済むとゴミのように捨てやがる。あろうことか、刺客を寄越してボスを暗殺しやがった!絶対に許せないないぜ。必ず殺して、ボスの仇を討ってやる!」
時は2006年。悠は恩人・蓮田大地を失い、俊は記憶を失い、本来ならば仇となるはずの久が原謙三の護衛をしていた。
「俊…お前も奴に利用されているだけなんだよ。お前は記憶を無くす前、奴の放った刺客に殺されかけている。本来ならば久が原は、復讐すべき相手であって、守るべき人物ではないよ。だから…俺の所に戻ってこい」
「断ったらお嬢を殺す…と?」
悠は少し笑っただけで、何も言わなかった。「汚い野郎だ…そうまでして、人を殺したいか!」
俊は吐き捨てるように言った。すると驚いたことに、悠の目から涙がこぼれた。
「その通りさ…俊。俺は…いや俺達は、それくらい、ボスに恩があるんだ!それを…それを本当に忘れちまったのかよ、俊!」
突然の出来事に、俊は少したじろいだ。と同時に、自分が謙三に救われた時、悠と同じように
『この恩は一生忘れない。命を懸けて恩返しをする』と言って『壬生狼を作ったことを思い出した。
「つまるところ、俺にどうしろと?」
「…言うことを聞く気になったのか?」
「質問に答えろ!」
二人の間に、沈黙が流れた。暫くして、
「簡単なことさ」
と悠が口を開いた。
「これから久が原の所へ戻って、お前の手で殺すんだ。それがボスへの餞になり、空白の5年間との決別にもなる」
「従わなかったら、お嬢を殺すのか…?」
「………」
悠はまた、何も答えなかった。
俊は俊でまた迷っていた。確かに謙三は、自分を救ってくれた、大恩ある人物。本来なら目の前にいる悠をすぐに始末して、謙三のために働くのが筋だ。
しかし、俊は悠の涙を見て決意が薄れてしまった。悠の中にも、自分と同じ義に厚いものがあるのを感じた。
(俺は…一体どうすれば…)
俊が中々答えを出せずにいると、
「…恩知らずの腰抜けめが」
悠は吐き捨てるように言い、素早く懐から銃を抜き、俊の右脇腹を撃ち抜いた。
「!…な…なに?何故いきなり…」
「ふん、よく聞け俊。物事を進めるには最終的なゴールを考えておかなくてはいけないのさ。俺の最終目的は久が原への復讐。今回の場合、久が原を殺し、お前も白虎隊に復帰させるというのがベストなシナリオだった。そして最低限果たすべきことは、久が原とお前を切り離し、『壬生狼』を弱体化させることだったのさ。つまり…俺の出した手紙に釣られて、ここまで来た時点でお前の負けは決まっていたんだよ。くく…」
「うぅ…卑怯者が…」「何とでも言え。お前はせいぜい、そこで這いつくばってブツブツ言うくらいしか出来ないんだからな…兄弟のよしみで、あの小娘だけは殺さないでやるよ…せいぜいそこで、久が原の死亡報告を待ってるんだな」
悠は蓮田への恩返しという大義名分を掲げ、復讐の鬼となっていた。復讐のためならば、実の、苦労を共にした弟をも傷つけることさえ躊躇しない。
うずくまっている俊の頭を踏みつけ、その場を去った。
「くぅ…俺が迷ったばかりにこんな事態になってしまって…謙三さん…無事でいてくれ…」
俊は傷口を左手で抑えて立ち上がり、悠の後を追っていった。

~次回エピローグ『兄から弟へ贈る言葉』に続く~


Posted by ヤギシリン。 at 20:40│Comments(0)
 
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