2009年03月14日
連載小説『三銃士〜光が照らすイミテーション〜』
その3・そして南は…
「…なんだって?よく聞こえなかったな。もう一度言ってくれないか、ボス…」
小雀町での自動車火災事件が発生してから丁度1ヶ月。南は戸塚新聞社の編集長であり社長である金沢に詰め寄った。
「…言葉通りだ。あの火災事件は、男女2人による無理心中だった。警察もそのように発表している。よって、調査も取材も打ち切りとなった。…以上だ」
金沢は県警から送られてきた報告書を手渡した。そして、南の意見を聞こうともせず、業務に戻った。何か、腫れ物には触るべからず、といったような雰囲気が感じられる。
「ちょっと待てよ!」
この1ヶ月間、死に物狂いで事件を追いかけて来た南にしてみれば、渡された紙きれ一枚でコトを収めろなど、納得できるものではない。もう一度金沢に食ってかかった。
「…無理心中と断定した…だって?そんな話、納得できるワケがない。あの事件には、まだまだ不信な点がいくつもあるんだ」
「もう済んだことだ」
金沢は取り合おうともしない。
「いいから聞けよ!」
南も負けずに、金沢を強引に引き戻した。
「いいか…確かに車に乗っていた2人の死因は刃物による刺傷だ。現に焼け跡から、使用された包丁も見つかっている。男の方が握っていたんだ」
「………」
「だが、包丁は右手に握られていた。…その男は左利きだったのにだ!」
「…それで?」
「おかしいと思わないのかよ!」
オフィス内に南の声が響きわたる。
「なんだって左利きの人間が、右手に凶器持って無理心中なんかしようとするんだよ!おかしいだろ!」
「…南!」
今度は金沢が声を荒げて南を制した。
「…この件はもう決着がついたんだ。追わなくていい」
「……っ!あんたはそれでいいのかよ!…俺達の仕事は、メディアを通じて世間に真実を伝えることじゃないのかよ!……事実に目をつぶってそうやって…ケチな不動産広告のバイトだけやってて満足なのかよ!」
南は感情のままに、金沢のデスク上の広告ラフ案をぶちまけた。
金沢は南の言葉に答えるでもなく、ただ
「…もう一度言う。もうこの件は追うな。…また昔のようになるぞ」
とだけ言って、床に散らばり落ちたラフ案を拾い上げ、再び業務に戻った。
(…昔?昔って……俺が左遷された時のことを言っているのか…?だとすれば…この事件、単なる火災事故や刺傷事件じゃないのか…?)
更なる深い闇が隠されているのだろうか。
(…汚職事件を追った時は、公表されると政局不信が日本中にはびこる…という理由で、お上から圧力がかかった。…だが…今回のは何だ?横浜の片田舎で起きた事なのに、一体どこの誰が圧力をかけるってんだ?)
考えれば考える程、溢れ出る好奇心と疑問を押さえきれない。
(…あの時は、政治の圧力に屈し、事実の追求を諦めた…だが…だが今回は!必ず真実を暴いてみせる。そうじゃなきゃ…新聞記者に戻った意味がない。例え小さな地方紙であっても、この事件は必ず白日の下に晒すんだ!)
「…分かったよ、ボス。俺はこの件から降りる。…また街に出て、新しいネタを探してくるよ…」
怒鳴り散らしていたテンションはすっかり鳴りを潜め、南は肩を落として下がった。
(…!南さん、諦めちゃうのかよ?!)
南と金沢のやりとりを傍らで聞いていた旭健太郎。南の記者精神を尊敬している彼は、急いで後を追いかけた。
「南さん!」
オフィスを出て、原付に乗ろうとしていた南を呼び止めた。
「よぉ、健太郎」
「南さん、俺、さっきの話ずっと聞いてたんです。…本当にあの事件の取材、諦めちゃうんですか?」
南はニヤリと笑い、
「そんなワケあるかよ。まだまだ深い事情がありそうだからな」
「じゃあ今からも…」
「おう。神楽さんに会って、なんで捜査打ち切りになったか詰めてくる」
じゃあな。事件が記事になるのを楽しみにしてな、と言い残して原付を走らせた。
戸塚の街は日が落ちかけ、夜が空を覆おうとしていた。その闇が南を飲み込んだかのように、彼はそれっきりオフィスに戻って来なくなってしまった。
続く
「…なんだって?よく聞こえなかったな。もう一度言ってくれないか、ボス…」
小雀町での自動車火災事件が発生してから丁度1ヶ月。南は戸塚新聞社の編集長であり社長である金沢に詰め寄った。
「…言葉通りだ。あの火災事件は、男女2人による無理心中だった。警察もそのように発表している。よって、調査も取材も打ち切りとなった。…以上だ」
金沢は県警から送られてきた報告書を手渡した。そして、南の意見を聞こうともせず、業務に戻った。何か、腫れ物には触るべからず、といったような雰囲気が感じられる。
「ちょっと待てよ!」
この1ヶ月間、死に物狂いで事件を追いかけて来た南にしてみれば、渡された紙きれ一枚でコトを収めろなど、納得できるものではない。もう一度金沢に食ってかかった。
「…無理心中と断定した…だって?そんな話、納得できるワケがない。あの事件には、まだまだ不信な点がいくつもあるんだ」
「もう済んだことだ」
金沢は取り合おうともしない。
「いいから聞けよ!」
南も負けずに、金沢を強引に引き戻した。
「いいか…確かに車に乗っていた2人の死因は刃物による刺傷だ。現に焼け跡から、使用された包丁も見つかっている。男の方が握っていたんだ」
「………」
「だが、包丁は右手に握られていた。…その男は左利きだったのにだ!」
「…それで?」
「おかしいと思わないのかよ!」
オフィス内に南の声が響きわたる。
「なんだって左利きの人間が、右手に凶器持って無理心中なんかしようとするんだよ!おかしいだろ!」
「…南!」
今度は金沢が声を荒げて南を制した。
「…この件はもう決着がついたんだ。追わなくていい」
「……っ!あんたはそれでいいのかよ!…俺達の仕事は、メディアを通じて世間に真実を伝えることじゃないのかよ!……事実に目をつぶってそうやって…ケチな不動産広告のバイトだけやってて満足なのかよ!」
南は感情のままに、金沢のデスク上の広告ラフ案をぶちまけた。
金沢は南の言葉に答えるでもなく、ただ
「…もう一度言う。もうこの件は追うな。…また昔のようになるぞ」
とだけ言って、床に散らばり落ちたラフ案を拾い上げ、再び業務に戻った。
(…昔?昔って……俺が左遷された時のことを言っているのか…?だとすれば…この事件、単なる火災事故や刺傷事件じゃないのか…?)
更なる深い闇が隠されているのだろうか。
(…汚職事件を追った時は、公表されると政局不信が日本中にはびこる…という理由で、お上から圧力がかかった。…だが…今回のは何だ?横浜の片田舎で起きた事なのに、一体どこの誰が圧力をかけるってんだ?)
考えれば考える程、溢れ出る好奇心と疑問を押さえきれない。
(…あの時は、政治の圧力に屈し、事実の追求を諦めた…だが…だが今回は!必ず真実を暴いてみせる。そうじゃなきゃ…新聞記者に戻った意味がない。例え小さな地方紙であっても、この事件は必ず白日の下に晒すんだ!)
「…分かったよ、ボス。俺はこの件から降りる。…また街に出て、新しいネタを探してくるよ…」
怒鳴り散らしていたテンションはすっかり鳴りを潜め、南は肩を落として下がった。
(…!南さん、諦めちゃうのかよ?!)
南と金沢のやりとりを傍らで聞いていた旭健太郎。南の記者精神を尊敬している彼は、急いで後を追いかけた。
「南さん!」
オフィスを出て、原付に乗ろうとしていた南を呼び止めた。
「よぉ、健太郎」
「南さん、俺、さっきの話ずっと聞いてたんです。…本当にあの事件の取材、諦めちゃうんですか?」
南はニヤリと笑い、
「そんなワケあるかよ。まだまだ深い事情がありそうだからな」
「じゃあ今からも…」
「おう。神楽さんに会って、なんで捜査打ち切りになったか詰めてくる」
じゃあな。事件が記事になるのを楽しみにしてな、と言い残して原付を走らせた。
戸塚の街は日が落ちかけ、夜が空を覆おうとしていた。その闇が南を飲み込んだかのように、彼はそれっきりオフィスに戻って来なくなってしまった。
続く
Posted by ヤギシリン。 at 20:10│Comments(0)