2009年03月14日

連載小説『三銃士〜光が照らすイミテーション〜』

『second cry編』
その1・止まった時計



『………今、何時だろう?』

長いまどろみの中、南は目を覚ました。
…いや。目を開けても真っ暗だ。周りに何もない。暗闇の中に、南の体が横たわっている。

(一体ここはどこだ…?俺は今まで何をしていた…?)

記憶も曖昧だ。
とりあえず…時間を確認しようと、腕を上げた。

『?!う…腕が…動かない…!』

腕だけではなく、体中が南の命令を拒んだ。
身動きすら取れない。それに。じわじわと体の至る所から激痛がやって来る。

『な…何なんだ、これは?…一体俺は何でこんなことなっているんだ?!』

記憶の糸を手繰ってみても、断片的にしか思い出せない。

『確か…ボスに黙って神楽さんの所へ行って…………でもそこでも………捜査は打ち切りってことしか聞けなかった…』

(…何故…?)

南には解せなかった。あの事件の原因は、男女2人による無理心中などではない。何か他に、もっと深い闇がある。
神楽も南の意見に賛同し、共に事件の真相究明に尽力し、情報提供にも協力的だった。
その神楽が何故、手の平を返したように捜査を止めてしまったのか。

(…どこか…大きな権力を持った所から圧力がかかったのだろうが…一体誰が…何の目的で…?)

考えても答えは出ない。…体の痛みが激しくなり、再び意識が混濁し始めた。


「………さん、南さん!」
どこからか、彼を呼ぶ声がする。

(…誰だ…?)

辺りは暗闇のまま。だが声はどんどん南に近づいてくる。
「…南さん!」
『!…け、健太郎』

南の前に姿を見せたのは、彼の後輩・旭健太郎だった。
…しかし、何とも奇妙な光景だろうか。周りは何もなく真っ暗で、南の顔の上に健太郎の顔だけが浮かんでいる。

「南さん…何でこんなことに…」

『…そりゃ俺が聞きたいよ。一体ここはどこなんだ?何でお前、そんな状態で…』

「…うぅ…南さん…目を…目を…目を開けてくれよぉ…」

『?何言ってんだ、ちゃんと開けてるじゃないか』

「…目を開けてくれ…返事をしてくれ!」

『…健太郎?俺が見えないのか?…俺の声が聞こえないのか…?俺はちゃんと…』

2人の会話はかみ合うことなく、平行線を辿った。

(…今いる空間は一体何なんだ?健太郎は…泣いている…何故?…俺は…どうなっているんだ?)

「南さん…目を開けてくれ…頼むから…」

えづく健太郎から涙がこぼれた。その涙は彼の頬伝い、真っ直ぐ南の頭に…

『!…あ…熱い…なんだ…これは…?!』

その涙は、南の全身を焦がすような熱を持っていた。まるで導火線を伝わる種火のように、南の体を熱が走る。
体中に熱が伝播した瞬間、南は全てを思い出した。

(そ…そうだ俺は…神楽さんの所へ行った翌日、事件のあった車に乗っていた女について調査しに行ったんだ…)

女が住んでいたのは港南台。南は根岸の自宅から、原付で向かっていた。

…その途中…

(信号待ちをしていた時…後から車に…追突されたんだ!)

自分に起きた事実を思い出した瞬間、体の痛みは更に増してきた。
そして妙な浮遊感に包まれ、体がどんどん上昇していく。せっかく取り戻した記憶も、砂時計の砂が落ちるかのように、サラサラと消えていく。

『くそ、俺は死ぬのか…?…あの後から追突して来た奴も…【圧力】の一部なのか…?』

だが彼の本当の心残りは、そこではなかった。

『神楽さんに最後に会ったあの日…神楽さんは密かに教えてくれた。事件の鍵を。…あの女だ。車で死んでいた女が、真相究明のヒントになっているんだ!』

このままでは死んでも死にきれない。南は力を振り絞って、

「け…健太郎!…あの事件の鍵は…女だ。…車の女を…調べ…ろ…」

「?!南さん!意識が…?」

…だが二度と、南が言葉を発することはなかった。

「………南さん………」

南が戸塚新聞社を飛び出してから2日後のことであった。

続く





Posted by ヤギシリン。 at 20:12│Comments(0)
 
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